ホーム ─ 連載コラム ─ 税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ─ 第11講

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第11講】

脱退が決まったら― 登記・定款変更・登録変更・常駐要件・IDまでの実務全チェックリスト ―

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第11講】

11第Ⅱ部 脱退編第11講

脱退が決まったら
― 登記・定款変更・登録変更・常駐要件・IDまでの実務全チェックリスト ―

脱退合意書に双方が判を押しました。交渉は終わった――と思いたいところですが、残る側の実務はここから始まります。合意書に書いた効力発生日から逆算して、法人の登記、定款、税理士会・社労士会への届出、顧客との契約、電子申請の環境、銀行と保証、保険。やることは20を超えます。しかもその多くは、期限があり、順序があり、抜けると後で相手に付け込まれる性質のものです。

第Ⅱ部の締めくくりとして、本講は解説ではなく「手続の逆引き」です。合意による脱退でも、死亡などの法定脱退でも、除名判決の確定でも、脱退が確定した後に残る側が主導すべき手続を、領域ごとに整理し、最後に時系列のチェックリストにまとめます。

1 法人側の手続 ― 定款変更・登記・届出

社員の氏名・住所、出資等の定款記載を現在の社員関係に合わせて整理します。ただし、死亡、606条による退社、除名判決等の効力は、定款を書き換えるための脱退者の同意がないというだけで妨げられません。税理士法・社労士法の定款変更手続と、脱退原因の効力を区別します。会社法610条は両法人に準用されていないので、そのみなし定款変更規定を直接の根拠にはしません。

組合等登記令2条の登記事項に変更が生じた場合、同令3条により主たる事務所所在地で原則2週間以内に変更登記をします。起算点は変更が生じた日です。社員の脱退と代表者の変更等、必要な変更項目を確認します。

会への届出は、登記が済んでから一律1か月以内という制度ではありません。税理士法人の定款変更は税理士法48条の13第2項により変更の日から2週間以内に、主たる事務所所在地の税理士会を経由して日税連へ届け出ます。社労士法人も25条の14第2項により変更の日から2週間以内に、同所在地の社労士会を経由して連合会へ届け出ます。登記事項証明書の取得待ちで期限を過ぎないよう、必要書類と追完の扱いを所属会に確認します。

2 脱退社員側の手続と、残る責任の確認

個人の登録事項に変更があるとき、税理士は税理士法20条、社労士は社労士法14条の4に基づき、いずれも遅滞なく変更登録を申請します。新規登録とは別の手続です。社員から開業への区分変更、事務所・住所等について、各会の申請様式と添付資料を確認します。

社員としての地位、業務開始日、変更登録の内容を照合します。元社員の法定責任は脱退登記前の債務と登記後2年内の請求等によって判断され、個人の変更登録日をその起算点にはしません(第3講)。

もうひとつ、相手が今後も税理士・社労士として活動する以上、脱退後の相手には士業法上の秘密保持義務が残ります。法人の顧客について在任中に知り得た情報を、脱退後に利用・開示すれば、それ自体が義務違反です(第23講)。

3 事務所と常駐要件の整理

法人の事務所には、その所在地の税理士会・社労士会の会員である社員を常駐させなければなりません(税理士法48条の12、社労士法25条の16)。脱退した社員が従たる事務所(支店)に常駐していた場合、その事務所は常駐社員を欠くことになります。残る側は、他の社員をその事務所に常駐させるか、事務所を廃止または統合するかを決めなければなりません。

事務所の所在地も定款の絶対的記載事項ですから、廃止や移転は定款変更と登記、そして会への届出を伴います。支店の賃貸借契約、支店の顧客と従業員の扱いも同時に整理します。「支店ごと独立したい」という相手の要求がある場合の設計は、第26講で扱います。

4 顧客まわり ― 委任・証明書・契約・通知

顧客との関係で確認すべき書類は、大きく3つです。

第一に、顧問契約書・委任契約書。契約の当事者は法人ですから、社員の脱退で契約が終了するわけではありません。ただし、契約書に担当者として脱退社員の氏名が記載されていたり、相手と顧客が個人的に契約を結んでいたりする例があります。全契約を確認し、担当者の変更を顧客に通知します。

代理権限を示す書面は、受任者の変更と法人内の担当者変更を分けて確認します。法人の受任が継続する場合でも、記載された代理人、電子証明書の名義、行政機関の様式によって変更・再提出が必要になります。社労士の提出代行証明書とGビズIDについては補講③の公式資料との対応表を参照してください。

第三に、顧客への通知。脱退合意書で承継顧客のリストと共同通知の方法を定めているなら、その手順に従って通知します。承継リストに載っていない顧客には、法人から担当者変更の案内を出します。通知の文面は、相手に関する評価を含めず、業務の継続と窓口の明示に絞ります。料金の請求先や口座振替の設定も、承継顧客については切り替えます。

5 デジタル資産 ― ID・電子証明書・クラウド・名称

士業法人の業務基盤は、いまや電子申請とクラウドの上にあります。脱退時の整理を怠ると、業務が止まるか、情報が持ち出されるか、あるいはその両方が起きます。

個人に発行された電子証明書を、別の社員が引き継いで使用することはできません。証明書の記載事項に変更があれば発行者の失効・再発行の手続を確認します。法人の代表者交代と、個人名義の証明書の所有・利用権限を混同しません。

GビズIDでは、代表者変更時に新代表者がプライムを取得し、同じ法人番号の旧アカウントからメンバーや委任関係等を承継する仕組みがあります。行政サービス側の申請・公文書等がすべて引き継がれるわけではありません。担当者のみの変更ではメンバーと利用権限を更新し、受任者自体が変わる場合は顧客の委任関係から整えます(補講③)。

クラウドと共有環境。会計・労務・給与のクラウドサービス、共有ストレージ、メーリングリスト、チャットツール、顧客管理システム。脱退社員のアカウントを、効力発生日をもって停止し、その前後のアクセスログを保存します。顧客企業側が権限を握るタイプのクラウド労務システムでは、顧客ごとに招待の付け替えが必要です。

ウェブサイトと名称。法人のウェブサイトに脱退社員の氏名や経歴が残っていれば削除します。脱退した者を社員であるかのように表示し続けることは、顧客に誤認を与えます。そして、法人の名称に脱退社員の氏名が含まれている場合――「税理士法人〇〇(創業者の姓)」のような名称は少なくありません――、脱退した社員は法人に対してその使用をやめるよう請求できます(会社法613条の準用)。名称変更が必要になれば、定款変更・登記・届出に加え、看板、名刺、契約書式、ウェブ、電子申請の登録名称まで変わります。この点は脱退合意書で、名称の使用継続について相手の同意を取り付けておくのが定石です。

6 銀行・保証・保険

金融機関には、代表者や社員の変更を届け出ます。届出印・通帳・カード・インターネットバンキングの権限を残る側に集約し、脱退社員の権限を外します。

個別の連帯保証を解除するには、債権者との合意等が必要です。保証解除の協議義務、解除できない場合の内部負担・求償・担保を区分して実行します。会社法612条の法定責任は、脱退登記前の債務と、登記後2年内の請求・予告の有無等によって判断する別の問題であり、保証も含めて2年で当然に免責される制度ではありません(第3講)。

賠償責任保険については、保険会社に社員の異動を連絡します。脱退社員の在任中の業務に起因する賠償請求が、脱退後に法人に対してなされた場合の補償の範囲を、契約内容に即して確認しておきます(第3講)。

7 全体チェックリスト(時系列)

以上を、効力発生日を基準にした時系列で並べます。担当と期限を書き込んで使ってください。

時期 領域 項目
効力発生日の前合意脱退合意書の締結(定款変更への同意、名称使用の同意、保証の処理、顧客承継リスト、共同通知の文面、データ返還を含む)
顧客顧問契約・委任状・税務代理権限証書・提出代行証明書の全件確認と、差替えが必要なものの洗い出し
デジタルID・電子証明書・GビズID・クラウド・共有環境・ドメイン・代表メールの棚卸しと、管理者権限の法人集約
後任(税理士法人)後任社員の確保状況の確認。効力発生日と6か月ルールの起算点の整合
従業員指揮系統・担当割の変更案の準備。承継顧客の担当職員の扱いの確認
金融機関保証解除・一本化の事前協議
変更の日から原則2週間以内法人の登記・定款変更届登記事項変更は組合等登記令3条。定款変更届は税48条の13第2項・社25条の14第2項で変更日から2週間。起算点を別々に管理する。
顧客共同通知・担当変更通知の発送。承継顧客の委任状・証明書の切替え。料金請求先・口座振替の変更
デジタル脱退社員のアカウント停止。アクセスログの保存。ウェブサイトの経歴・氏名表示の削除。データ返還・削除の確認書の受領
金融機関代表者・社員の変更届。届出印・通帳・カード・ネットバンキング権限の集約
従業員体制変更の説明。指揮系統の周知
登録事項変更後、遅滞なく個人の変更登録税理士法20条/社労士法14条の4。法人の届出とは別に、所属・区分・事務所等の変更を申請する。
事務所常駐社員を欠く予定の事務所は、効力発生前から補充・廃止・統合を準備し、無体制のまま通常業務を継続しない。関連する定款変更・登記・届出の期限を別に管理する。
保険賠償責任保険・生命保険の異動連絡と補償範囲の確認
保証保証解除・一本化の実行。解除できない場合の内部負担の確認
その後清算持分払戻しの支払い(合意書の方法・期限に従う。未完了事項の完了後計算)
履行管理不勧誘条項・秘密保持の履行状況の確認。違反の兆候があれば記録
予防定款・社員間契約の見直し(第28講)。後任社員との社員間契約の整備

残る側の視点で押さえておくこと

登記、法人の定款変更届、個人の変更登録は、それぞれ起算点と期限が異なります。脱退の効力日、定款変更日、登記日、登録事項変更日を一枚の表で管理し、顧客の代理権限と電子申請の継続を合わせて確認します。

次回 第Ⅲ部「清算金編」に入ります。第12講「『清算金を払え』と言われたら ― 持分払戻しの基本構造:帳簿価額ではなく『時価』」では、相手から届いた請求書の根拠を、残る側が自分で検証できるように、払戻額の計算の組み立てを解説します。


【本講で引用した主な法令】税理士法30条・48条の8・48条の12・48条の13・48条の21/社会保険労務士法25条の11・25条の14・25条の15の3・25条の16・25条の25/会社法611条・612条・613条(社労士法人への612条の準用は25条の15の3第6項による)/組合等登記令

↑ この講の目次へ戻る

手続税理士法人等社労士法人等起算・期限
登記事項変更組合等登記令3条同左変更が生じた日から原則2週間
法人の定款変更届48条の13第2項。税理士会経由・日税連25条の14第2項。社労士会経由・連合会定款変更の日から2週間
個人の変更登録税理士法20条社労士法14条の4登録事項の変更後、遅滞なく

所属会が別途求める異動届・添付資料は、当該会の現行様式により確認する。この表は法人税等の異動届、社会保険・労働保険、許認可、各顧客の申請期限を兼ねるものではない。

税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 目次へ戻る