『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第28講】
もめる前に書いておく
― 定款・社員間契約の予防設計【15項目のカタログ】 ―
払戻しの基準、顧客の承継、死亡時の処理を事前に決めておくことは、紛争時に争う論点を減らすための備えです。ただし、条項を置けば大半の紛争が防げるという実証結果を示すものではありません。条項の有効性と、実行できる資金・人員の両方を確認します。
本講では、定款と社員間契約を点検するための15項目を提示します。出資、役割、顧客構成、資金調達に応じて内容が変わるため、文例をそのまま採用するのでなく、各項目の目的と効果を確認してください。紛争後にも合意による解決は可能ですが、平時から検討しておけば協議の出発点を共有できます。
1 なぜモデル定款では足りないか ― 定款と社員間契約の振り分け
モデル定款を使う場合も、実際に採用した条文を読み直してください。法定事項を備えることと、退社時の金額・支払原資・顧客対応まで合意できていることは別です。モデルの名称だけで十分・不十分と決めず、以下の項目がどの文書に、どこまで書かれているかを点検します。
では、すべてを定款に書き込めばよいかというと、そうでもありません。定款と社員間契約(覚書)には、それぞれ向き不向きがあります。
定款では、法が定款の定めを予定する事項と、法人の組織・社員関係を定めます。606条の予告期間、622条の損益分配、代表社員等がその例です。611条2項には「定款に別段の定め」という文言はありません。払戻しの修正の許容範囲は、第15講で述べた定款解釈・社員間の合意・公序良俗等から検討する必要があります。払戻しの大幅な減額や剥奪まで、条文上明示して許されていると説明しないでください。
社員間契約では、契約当事者間の債権債務、協議手順、対価の計算等を定めます。法人に支払・引継ぎ等の義務を負わせるなら、法人の契約参加と必要な意思決定も確認します。社員個人同士の合意だけで法人、加入予定者、金融機関、顧客を拘束できません。定款事項を契約で置き換えたつもりにならないことも必要です。
実務の設計は、この二層構造で行います。定款には骨格を、社員間契約には運用と数字を。以下の15項目には、それぞれどちらの器が向くかも付記します。
2 15項目のカタログ(1〜5)― 脱退・払戻し・のれん・支払・死亡
【1】脱退の予告期間と時期(定款)
趣旨・方向。存続期間等について606条1項の要件を満たす場合、6か月前予告・事業年度末退社が原則です。定款上の予告期間、連絡方法、引継ぎを明確にします。限界。やむを得ない事由による退社を封じたり、後任が見つかるまで無期限に退社を認めなかったりする設計は避けます。合意脱退は、法定の退社権と区別して条件・期限を決めます(第4・6・7講)。
【2】持分払戻しの基準(定款)
趣旨・方向。611条2項は脱退時の法人財産の状況を基準とします。定款の算定規定、持分割合、資産・負債、のれん、保険、未収報酬、係争債権を一つの計算表に落とします。限界。簿価、出資額上限、制裁的減額を選ぶ場合、その合意の効力と既存の権利への影響は別に検討します。医療法人等の判例から士業法人の条項の有効性を一律に導かないことが必要です(第12・13・15講)。
【3】のれん・承継顧客の対価(社員間契約が中心)
趣旨・方向。基準日に法人に残る価値の評価と、有償の事業承継を区別します。有償承継なら対象・対価・相殺を合意し、承諾しない顧客がある場合の精算も決めます。限界。顧客が脱退者を選んだだけで対価債権は発生しません。評価から控除した同じ価値を、根拠なく払戻額から再び引かないでください。第13講の1,300万円と1,900万円の計算の違いを確認します。
【4】払戻しの支払方法と原資(定款+社員間契約)
趣旨・方向。支払日、分割回数、利息、期限の利益喪失、担保、税負担を資金繰り表とともに定めます。限界。分割払いで所得認識が各支払年に当然に分散するわけではありません。源泉徴収の支払時期・未払配当の規律、社員の申告納税資金を別々に確認します。生命保険を用いる場合も、保険金が払戻評価額に反映される効果と税負担を含めて計算します(第10・12・15・17講)。
【5】死亡時の処理(定款+社員間契約)
趣旨・方向。死亡時の払戻基準、支払原資、必要書類、連絡窓口を決めます。税理士法人が1名になる場合の6か月の起算と後任も管理します。限界。相続人は社員資格を当然には承継しませんが、払戻しという金銭債権は原則として相続分に応じた分割承継の問題です。常に遺産分割・全相続人の同意を待つとは限りません。遺言、遺言執行者、帰属の争い等を確認して受領権限を判断します(第10・17講)。
3 15項目のカタログ(6〜10)― 除名・不勧誘・データ・競業・分配
【6】重大違反時の減額・除名関係(定款。ただし限界を知って)
趣旨・方向。義務違反の調査、証拠保全、損害賠償との相殺を整えます。除名には法律所定の決議と訴えが必要です(第8講)。限界。損害賠償債権の額・弁済期と、定款による払戻制限の効力は別問題です。除名時の払戻請求権の全額剥奪を定める場合も、個別の条項と事案に即した有効性の検討が必要です(第15講)。
【7】不勧誘条項(社員間契約)
趣旨・方向。顧客への積極的勧誘、顧客からの自発的依頼の受任、従業員への勧誘、競業そのものを分け、保護する利益に応じて対象・行為・期間を絞ります。限界。「1〜2年なら有効」「3年を超えると無効」という一律の年数基準は置きません。対象者の地位、接触範囲、制約の程度、代償、契約経緯を検討します。労働者の労働契約不履行に対する違約金・損害賠償額の予定には労働基準法16条の禁止があるため、社員間契約の文例をそのまま従業員へ使いません(第21・22講)。
【8】秘密保持とデータの返還(社員間契約+就業規則)
趣旨。顧客名簿が不正競争防止法の営業秘密として守られるかは、平時の秘密管理次第です(第23講)。条項化の方向。社員・従業員の双方について、秘密情報の定義、脱退・退職時のデータ・媒体の返還と削除確認、私物端末・私用クラウドの業務利用の制限を定める。アクセス権限の設定・「秘」表示・持出承認と一体で運用する。設計上の論点。条項は書くだけでは秘密管理性を作りません。運用の実態(権限管理・ログ・教育)が伴って初めて、紛争時に「秘密として管理していた」と言えます。関連講。第23講。
【9】競業の整理(在任中の確認+脱退後の設計。社員間契約)
趣旨・方向。社員である間の禁止行為を税理士法48条の14・社労士法25条の18に即して確認し、副業等を事前に申告する仕組みを置きます。限界。法人の承認があれば法定の競業禁止に違反しなくなる制度ではありません。申告・協議は適法性を確認するための手続です。脱退後の制限は在任中の法定義務と区別し、第21講の観点で必要な範囲を設計します。
【10】損益分配と役員報酬の決め方(定款+社員間契約)
趣旨・方向。622条の出資価額に応じた損益分配を出発点とし、異なる割合を採る場合は定款に具体化します。役員報酬の決定方法、労務出資の価額又は評価標準、持分払戻しの割合との関係も整理します。限界。報酬、損益分配、純資産の払戻割合を同じものとせず、二重の評価と評価漏れを防ぎます(第12講・補講②)。
4 15項目のカタログ(11〜15)― 代表権・デッドロック・保証・慰労金・紛争解決
【11】代表社員の限定と職務分掌(定款)
趣旨・方向。代表社員の指定・登記と、借入等の内部承認を区別して設計します。税理士法人の各社員の業務執行権・義務と、社労士法人の定款による別段の定めにも注意します。限界。指定された代表社員の代表権に加えた内部制限は善意の第三者に対抗できませんが、代表社員ではない者の行為が善意だけで当然に法人を拘束するという意味ではありません(第5講)。
【12】デッドロック解消条項(社員間契約)
趣旨・方向。2名法人では出資割合にかかわらず、社員の人数で決める事項の対立が続くことがあります。協議期限、第三者の調整、資格者を確保した加入・退出、払戻資金の調達を定めます。限界。資格者に限られる社員制度のもとでは、株式会社の買収条項をそのまま移せません。実行条件が整わない場合の再協議・解散等の選択肢も残します(第24講)。
【13】連帯保証の内部負担と求償(社員間契約)
趣旨・方向。保証解除の金融機関との協議、内部負担、求償、担保を定めます。限界。個別保証は脱退だけで消えません。612条も、脱退登記前の法人債務について、登記後2年内に請求又は請求の予告をしなかった債権者に対する責任の消滅を定める規定であり、すべての責任を2年で切るものではありません。内部合意だけで債権者の権利は制限できません(第3講)。
【14】退職慰労金規程(社員間契約+規程)
趣旨・方向。退職慰労金を設けるなら、実際の勤務と退職、支給基準、決定権限、金額の相当性を整えます。限界。持分払戻しの名称だけを変えて退職所得にすることはできません。特定役員退職手当等の2分の1課税の除外、過大役員退職給与の損金不算入、払戻計算への反映を確認します(第17講)。
【15】紛争解決条項(定款+社員間契約)
趣旨・方向。協議、調停・ADR、訴訟の利用方法と、合意管轄が可能な請求の裁判所を定めます。限界。除名訴訟等の法定の専属管轄を合意で変えることはできません。協議・ADRの条項があれば訴えを常に封じられると考えず、緊急の保全、時効・出訴期間、相手の不参加時の扱いを決めます。
5 2人法人のための最小セット ― まず5つだけ
本稿では、金額、顧客の継続、突発的な退出、意思決定を一緒に点検するため、次の5項目から着手することを提案します。紛争件数・金額の集計に基づく順位ではなく、各法人の事情で優先順は変わります。
| 本稿が提案する初期点検 | 具体化する内容 |
|---|---|
| 払戻基準 | 基準日、割合、資産・債務、定款の効力 |
| のれんと承継対価 | 評価と対価債権を分けた算式 |
| 不勧誘 | 守る利益に応じた対象・行為・期間 |
| 死亡 | 払戻原資、相続、資格者の確保 |
| デッドロック | 協議手順と実行可能な退出条件 |
図1 2人法人のための最小セット
払戻基準【2】、のれん・有償承継の精算【3】、必要な範囲の不勧誘【7】、死亡時の処理【5】、デッドロック解消【12】を一つの設例で試算します。顧客・従業員の意思、条項の限界、納税と支払の原資までつながっているかを確認してください。
必要な協議回数や期間は、既存文書、評価資料、社員間の合意状況によって変わります。導入する項目と未決事項を記録し、実行可能な範囲から整えます。
6 既存法人への導入 ― 合意と既存の権利を確認する
定款変更は、定款に別段の定めがなければ総社員の同意によります(税理士法48条の13第1項・社労士法25条の14第1項)。社員間契約はその当事者の合意によります。紛争後にも変更・和解は可能ですが、既に発生した払戻請求権を後日の定款変更だけで減らせるとは限りません。変更権限、効力発生時期、不利益の内容を確認します。
どちらが先に退出する場合にも同じ条件を適用できるかを、一人ずつ退社する設例で確かめます。対称的な文言でも、保有資産や顧客依存が違えば影響は異なります。家族・職員・顧客への対応とともに、双方が理解できる計算表を用意します。
逆に言えば、相手からこの種の提案があったときは、内容をよく読んでください。対称的な相互保険になっているか、それとも一方に有利な非対称な設計が紛れ込んでいるか。払戻しを安く固定する条項は、先に脱退するつもりの側には不利で、残るつもりの側には有利です。提案の中身から、相手が描いている将来図が透けて見えることがあります。
7 社労士法人の追加項目と、相談すべき3つのタイミング
社労士法人では、①紛争解決手続代理業務を執行する特定社員の確保、②労働保険事務組合という別の団体との関係、③電子証明書・GビズID・提出代行の証明の変更を追加点検します。代表者だけの変更、担当者だけの変更、受任者そのものの変更では手続が異なります(補講③)。
設立前、社員としての加入前、社員構成や事業規模が変わる節目は、これらを点検する機会です。既に紛争が起きている場合も、争点ごとの暫定合意や和解として整理できます。所要期間を一律に約束せず、必要な資料と関係者を明らかにして進めます。
予防条項の目的は、将来の出来事をすべて予測することではなく、争点、計算、協議の手順を共有することです。事情が変わったら、条項と実際の資金・人員を見直します。
残る側の視点で押さえておくこと
定款と社員間契約では、定められる内容と拘束する相手が異なります。払戻し、のれん、不勧誘、死亡、デッドロックを一体で点検し、法定の権利、顧客・職員の意思、債権者の権利を尊重した条件を作ります。平時の準備を勧めますが、紛争後の合意も可能です。
次回の第29講では、初動、態勢構築、交渉、合意書、決裂時の手続、合意後の実行を順に整理します。順序や期間は事案によって前後します。
【本講で引用した主な法令・裁判例】会社法585条・606条・611条・622条・859条(税理士法48条の21・社会保険労務士法25条の25による準用)/税理士法48条の14/社会保険労務士法25条の18/法人税法34条2項/最判平成22年4月8日民集64巻3号609頁/東京高判昭和40年9月28日下民集16巻9号1465頁(日本税理士会連合会「税理士法人の手引」の引用による)