第24講利益配分と責任追及
内紛の弁護士費用を、会社に払わせてよいのか
会社負担・補償契約・D&O保険
この講の結論
内紛では、会社、経営を握る役員、外された役員、株主がそれぞれ弁護士を立てますが、その費用を誰が負担するかは、争いの当事者が誰かとは別の問題です。会社の権利義務を守るための費用は会社の業務の費用として会社が負担できますが、役員個人が責任を追及されたときの防御費用や、株主同士の株式をめぐる争いの費用は、原則として個人の負担です。役員個人の防御費用や賠償の損失を会社が負担するには、令和元年改正で設けられた補償契約(会社法430条の2)と役員等賠償責任保険(430条の3)の枠組みがあり、いずれも決議の手続、補償できる対象、上限、除外が法律で定められています。経営を握る側が会社の資金で自分たちの防御費用を賄っていないか、逆に、会社の正当な費用まで「相手方役員に有利だから」という理由で否定していないか。この講では、依頼者、目的、受益者を一件ずつ分けて確認する手順を扱います。
依頼者・目的・受益者を確認する
弁護士費用の負担を考える最初の作業は、その弁護士が誰の代理人として、何を守るために働いているかを確かめることです。会社が取引先との契約や従業員との関係を維持するための助言、会社が資産を回収するための請求、会社が当事者となる訴訟の追行は、会社の業務の費用です。これに対し、代表取締役が自分に対する損害賠償請求や解任の訴えに応じる費用、株主が自分の株式の帰属や譲渡をめぐって争う費用、役員が自分の地位を守るための費用は、その個人の利益のための費用です。訴状の当事者欄に会社の名前があるかどうかだけでは判断できません。会社が形式上の当事者でも、実質的に守られているのが特定の役員の地位であれば、その費用には個人の費用として扱うべき部分が含まれます。
会社と役員個人を同じ弁護士が受任できるかは、第5講で扱った利益相反の問題です。受任が可能な場合でも、費用を会社が負担してよいかは別に判断しなければなりません。実務では、一つの委任契約の中に会社の業務と個人の防御が混在することが多いので、請求書の業務内容を区分し、会社負担とする部分についてはその根拠と金額の合理性を説明できるようにしておきます。
会社の支出としての決定
会社が自ら弁護士に委任した費用は、会社自身の債務です。取締役と会社の関係は委任に関する規定に従いますから(330条)、取締役が職務の執行に必要な費用を立て替えたときも、会社に償還を求めることができます(民法650条1項)。問題は、どこまでが会社の業務の費用、すなわち「職務の執行に必要な費用」かです。会社の意思決定の有効性を確認するための助言、株主総会の適法な運営のための費用、会社の資産を回収するための費用はこれに当たります。役員が自分の責任を否定するための防御費用については、結果として責任がなかった場合には委任事務の処理に要した費用として民法650条1項の償還の対象になり得るという解釈があり、令和元年改正もこれを否定していません。ただし、その要件や範囲は解釈に委ねられており、責任の有無が確定していない段階で会社が支出する根拠としては不安定です。事前に要件と手続を明確にする仕組みが、次に述べる補償契約です。
会社の支出として決めるときは、誰が決裁するか、金額の重要性に応じて取締役会の決議が要るか(362条4項)、決裁する者に利益相反がないかを確認します。防御費用の負担を受ける役員自身が決裁を独占していれば、その支出は後に任務懈怠や利益相反として争われます。過去の支出を後から承認しても、承認の時点で要件を満たしていなければ、不適切な支出が適法になるわけではありません。なお、株主総会でこの種の支出を承認する場合、当該役員が株主として議決権を行使することを取締役会と同じ規律で一律に排除することはできず、著しく不当な決議として取消しの事由になるかどうかが問題になるにとどまります(831条1項3号)。
430条の2の補償契約
会社は、役員等に対して、役員等が職務の執行に関し法令の規定に違反したことが疑われ、または責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用(防御費用)と、役員等が職務の執行に関し第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合の賠償金や和解金による損失の全部または一部を補償することを約する契約(補償契約)を締結できます(430条の2第1項)。補償契約の内容の決定には、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の決議が必要です。補償の対象と制約は、次のように整理できます。
表は横にスクロールできます。
| 対象 | 補償できる範囲 | 補償できない部分・制約 |
|---|---|---|
| 防御費用(1項1号) | 法令違反の疑いや責任追及への対処に要する弁護士費用等。役員等の悪意・重過失の有無を問わない | 通常要する費用の額を超える部分(2項1号)。補償後に、役員等が自己または第三者の不正な利益を図り、または会社に損害を加える目的で職務を執行したことを会社が知ったときは、返還を請求できる(3項) |
| 第三者への賠償金・和解金の損失(1項2号) | 職務の執行に関し第三者に負う損害賠償責任による損失 | 会社が賠償すれば役員等が会社に対して423条1項の責任を負うことになる部分(2項2号)。役員等の悪意または重大な過失によって責任を負う場合の損失の全部(2項3号) |
| 会社に対する損害賠償責任(423条)による損失 | 対象外(1項2号は第三者に生じた損害の賠償責任に限られる) | 会社自身に対する損害賠償責任は補償契約で肩代わりできない。ただし、会社や株主から責任追及を受けた際の防御費用は1項1号の対象になる |
内紛で問題になるのは、経営陣が代表訴訟や会社からの損害賠償請求を受けた場合の防御費用です。補償契約があれば、防御費用は役員の悪意・重過失の有無にかかわらず補償の対象になり、通常要する額を超える部分だけが除かれます。賠償金や和解金の損失については、悪意・重過失があれば補償できず、第三者に対する責任に限られますから、会社に対する423条の責任を会社が補償することはできません。「悪意や重過失が問題になる事案では防御費用も一切補償できない」という説明は正確ではなく、防御費用と損失を分けて、430条の2の各項を当てはめる必要があります。取締役会設置会社では、補償をした取締役と補償を受けた取締役は、遅滞なくその補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(4項)。公開会社では、補償契約を締結している役員の氏名と契約内容の概要、損失を補償したときはその旨と金額、費用を補償した後にその役員の法令違反や責任を会社が知ったときはその旨が、事業報告の記載事項になります(会社法施行規則119条、121条3号の2〜3号の4)。非公開会社にはこの記載義務がありませんから、取締役会への報告と議事録が事後の検証の手掛かりになります。
利益相反規定との関係
補償契約は会社と取締役の間の契約ですから、本来なら利益相反取引の承認の規律を受けるはずですが、会社法は、取締役(執行役)との間の補償契約の締結について、利益相反取引の承認(356条1項、365条2項)、利益相反取引についての任務懈怠の推定(423条3項)、自己のためにした直接取引についての無過失責任(428条1項)を適用しないこととし(430条の2第6項)、所定の決議によって内容が定められた補償契約については民法108条も適用しないとしています(同条7項)。つまり、補償契約は利益相反取引の承認とは別の、430条の2に固有の手続で締結するものであり、「利益相反取引として承認を取っておけばよい」という理解も、「利益相反取引の規律をそのまま当てはめる」という理解も、いずれも正確ではありません。
他方で、補償契約の内容を決定する取締役会の決議において、契約の相手方となる取締役が特別の利害関係を有する取締役として議決に加われないこと(369条2項)は、通常の取締役会決議と同じです。補償契約を作るときは、対象となる役員の範囲、対象となる請求の種類、費用の審査方法、費用の前払いと返還の条件、会社への情報提供の義務を具体的に定めておきます。内紛の最中に、経営を握る側が自分たちだけを対象とする補償契約を取締役会で決議することは、手続上は可能でも、決議に加わった取締役の善管注意義務の問題を生じさせますし、契約の内容が不相当であれば補償自体が争われます。
D&O保険の確認
会社が保険者との間で、役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと、または責任の追及に係る請求を受けることによって生じる損害を保険者が填補することを約する保険契約で、役員等を被保険者とするもの(役員等賠償責任保険契約、いわゆるD&O保険)を締結するには、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の決議によってその内容を決定しなければなりません(430条の3第1項)。取締役・執行役を被保険者とする保険契約の締結には利益相反取引の規定(356条1項、365条2項、423条3項)が適用されず(同条2項)、民法108条も適用されません(役員等賠償責任保険契約については、1項の決議で内容を定めたときに限ります。同条3項)。生産物賠償責任保険や自動車保険のように、役員の職務執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定める保険契約は、この規律の対象から除かれています(施行規則115条の2)。
保険に入っているからといって、内紛に伴う費用がすべて支払われるわけではありません。約款で確認すべきなのは、被保険者の範囲(退任した役員を含むか)、対象となる請求の種類、保険期間と請求・通知の時期の関係(請求がされた時点を基準とするか)、契約時に既に知っていた事情の除外、故意による行為の免責、会社自身が原告となって役員を訴える請求(会社訴訟)や被保険者同士の請求を対象とするかどうか、防御費用が填補限度額の内枠か外枠か、弁護士の選任や和解に保険会社の同意が必要かどうかです。株主代表訴訟は多くの約款で基本的な補償の対象ですが、会社訴訟は免責とされ、特約で限定的に担保されていることが一般的です。内紛では、経営権を握った側が会社名義で前経営陣を訴える、役員同士が訴え合うという場面が多く、会社訴訟や被保険者間の請求に関する免責と特約の内容が結論を分けます。保険会社への通知は、責任追及の請求を受けた時点だけでなく、その原因となり得る事実を知った時点で求められることがありますから、疑いが生じた段階で契約の内容を確認し、通知の時期を逃さないようにします。
会社資金を個人間の対立解消へ使う場合
内紛を収めるために、会社の資金で相手方の株主や役員に金銭を渡す解決が提案されることがあります。しかし、会社は、何人に対しても、株主の権利の行使に関し財産上の利益を供与してはならず(120条1項)、特定の株主に対して無償で利益を供与したときは、株主の権利の行使に関してしたものと推定されます(同条2項)。違反して利益の供与を受けた者は会社に返還しなければならず(同条3項)、供与をした取締役と供与に関与した取締役は連帯して供与した利益の価額に相当する額を会社に支払う義務を負います(関与した取締役は注意を怠らなかったことを証明すれば免責されますが、供与をした取締役は免責されません)。この義務は総株主の同意がなければ免除できません(同条4項・5項)。最高裁は、会社にとって好ましくない株主が議決権などの株主の権利を行使することを回避する目的で、その株主から株式を譲り受けるための対価を何人かに供与する行為は利益供与に当たるとし、株式を買い占めた者から脅迫を受けていた経営者であっても、警察に届け出るなど法令に従った適切な対応をすべき義務があるとして取締役の過失を否定できないと判断しました(最判平成18年4月10日民集60巻4号1273頁、蛇の目ミシン工業事件)。相手方の株主に株式を手放させるための資金を会社が出す解決は、この判例の射程に正面から入ります。「訴えを取り下げてもらう」「株主総会で騒がないでもらう」という目的で会社の資金を支出すれば、この規定に正面から抵触します。
会社の資金を使って正当に処理できるのは、要件を満たした株式の取得(特定の株主からの自己株式の取得には株主総会の特別決議と他の株主の売主追加請求の手続が必要で、売主となる株主はその決議で議決権を行使できず、取得は分配可能額の範囲に限られます。156条、160条、309条2項2号、461条)、決議を経た退職慰労金(第21講)、会社に対する実在する請求権についての和解です。役員個人が支払うべき株式の代金や、役員個人が負うべき損害賠償を、会社の「解決金」に付け替えることはできません。和解の設計は第35講で扱いますが、誰が誰に何の名目でいくら払うのかを、法的な根拠と一致させることが、後から取締役の責任や利益供与として蒸し返されないための条件です。
支出を検証する側の手順
相手方が会社の資金で弁護士費用を賄っている疑いがあるときは、委任契約書、請求書と業務の内訳、補償契約の有無と内容、決裁や取締役会決議の記録、保険証券、支払の記録を確認します。これらの資料は、第18講の会計帳簿閲覧や取締役会議事録の閲覧で入手できることがあります。検証の際に避けたいのは、「会社が訴訟の当事者だからすべて適法」「相手の役員に役立つからすべて不適法」という二者択一です。同じ弁護士の同じ請求書の中に、会社の業務の費用と役員個人の防御費用が混在していることは珍しくありませんから、業務ごとに性質を分けて評価します。
不適切な支出が疑われる場合の手段は、第20講の資金流用と同じです。継続している支出については差止め(360条)を、既に支払われた分については役員の任務懈怠責任(423条)と受領者に対する不当利得の返還を検討します。会社が負担した役員個人の費用は、税務上は役員に対する経済的利益として給与と扱われる可能性もあります。検証の過程で入手する弁護士との相談記録には、会社の秘密や相手方の防御に関する情報が含まれますから、目的外に使わないよう扱いに注意します。
PRACTICE NOTE
同じ弁護士が扱う費用も分類する
内紛が起きると、会社の顧問弁護士が「経営権問題」という一つの案件名で会社と社長の両方の相談を受け、まとめて会社に請求しているという状況がよく見られます。この場合、案件名では分類できませんから、業務の内容ごとに費用負担の観点を当てはめます。
表は横にスクロールできます。
| 業務 | 費用負担を検討する観点 |
|---|---|
| 会社の有効な意思決定と通常業務の維持(総会・取締役会の運営、契約の継続) | 会社の業務の費用。依頼の権限、会社にとっての必要性、金額の相当性を確認する |
| 会社の資産の回収(流出資金の返還請求、仮差押え) | 会社の請求であり会社の費用。会社を代表する者の権限と回収可能性を確認する |
| 社長個人の株式譲渡・相続・持株の防衛に関する相談 | 個人の利益のための費用。会社が負担する根拠はなく、負担すれば役員への経済的利益になる |
| 役員個人に対する責任追及(代表訴訟・会社からの損害賠償請求)や解任の訴え(854条)への対応 | 個人の防御費用。解任の訴えでは会社も共同被告になるため(855条)会社側の応訴費用は会社の費用だが、役員側の費用は別。補償契約(法令違反が疑われた場合の費用を含む)またはD&O保険の対象になる場合に限り、その要件と手続に従って会社が負担できる |
委任契約、請求書、実際の作業を対応させ、会社と個人の利益が混在する業務については、時間や業務量に応じた合理的な按分を検討します。区分ができない請求書をそのまま会社が支払っていると、後に会社の支出全体が不適切と評価されるおそれがあります。
実務チェック
- 弁護士ごと、業務ごとに、依頼者、目的、受益者を分け、会社の業務の費用か個人の費用かを判定する。
- 役員の防御費用と、賠償金・和解金の損失を区別し、430条の2第1項から3項までを当てはめる。
- 補償契約とD&O保険は、決議の有無、対象、除外、通知の時期を契約書と約款の原文で確認する。
- 会社の資金を相手方への支払に使う案は、利益供与(120条)、自己株式取得の規律、財源規制に照らして根拠を確認する。
- 支払、承認、取締役会への報告、保険会社への通知の経過を記録に残す。
よくある質問
社長個人が訴えられたら、会社は一切費用を出せませんか。
一律ではありません。会社自身の権利義務に関わる部分は会社の費用ですし、社長個人の防御費用も、補償契約があれば通常要する額の範囲で会社が補償でき、D&O保険の対象になることもあります。補償契約もD&O保険もない場合は、民法650条による償還の可否が争点になり、責任の有無が確定しないまま支出を決めた取締役の責任が問題になります。
D&O保険に入っていれば、代表訴訟の弁護士費用も出ますか。
約款と契約条件によります。株主代表訴訟は多くの約款で基本的な補償の対象ですが、会社自身が原告となって役員を訴える会社訴訟は免責とされ、特約で限定的に担保されていることが一般的です。内紛で経営権を握った側が会社名義で前経営陣を訴える場面はまさに会社訴訟ですから、会社訴訟の免責と特約の有無、被保険者間の請求の扱い、防御費用が限度額の内枠か外枠か、弁護士の選任に保険会社の同意が必要かを確認してください。
補償契約を今から結んで、既に起きている紛争の費用を補償できますか。
430条の2は補償の対象となる事由の発生時期を制限していませんが、既に責任追及を受けている役員のために、その役員を含む取締役会が補償契約を決議することは、決議に加わる取締役の善管注意義務や、契約内容の相当性の点で争われやすい場面です。対象となる役員は決議に加われず、補償の実行は取締役会への報告の対象になります。公開会社であれば事業報告にも記載されますが、非公開会社では記載義務がないため、少数株主は取締役会議事録の閲覧(第18講)で確認することになります。
この講の主な根拠・判例原文
- 会社法〔e-Gov法令検索〕120条、156条、160条、309条2項2号、330条、360条、362条4項、369条2項、423条、430条の2、430条の3、461条、831条1項3号、854条、855条
- 会社法施行規則〔e-Gov法令検索〕115条の2(規律の対象から除かれる保険契約)、119条・121条3号の2〜3号の4(公開会社の事業報告における補償契約の記載)
- 民法〔e-Gov法令検索〕108条、650条1項
- 最判平成18年4月10日民集60巻4号1273頁会社にとって好ましくない株主の権利行使を回避する目的で、その株主から株式を譲り受けるための対価を供与する行為は利益供与に当たるとし、脅迫を受けた経営者にも法令に従った対応をすべき義務があるとして取締役の過失を否定できないとした判例(蛇の目ミシン工業事件)
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公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日