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『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第9講】

相手の暴走を止める ― 業務執行権・代表権の消滅の訴えと保全

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第9講】

09第Ⅱ部 脱退編第9講

相手の暴走を止める
― 業務執行権・代表権の消滅の訴えと保全 ―

除名の訴えを提起しても、判決が確定する前に社員の地位が当然に消えるわけではありません。相手に現存する業務執行権・代表権と、具体的な資産流出の危険を確認し、判決までの間の対応を検討します。

本講では、権限消滅の訴えと、職務執行停止等の仮処分を扱います。制度上の構成、登記、資格業務の制限を分け、申立てに必要な資料まで具体化します。

1 業務執行権・代表権の消滅の訴え(会社法860条)

税理士法48条の21第1項と社労士法25条の25第1項は、除名の訴え(会社法859条)とともに、業務執行権または代表権の消滅の訴え(会社法860条)を準用しています。条文の骨格は次のとおりです。

業務を執行する社員について、①除名事由(859条各号)があるとき、または②法人の業務を執行し、もしくは法人を代表することに著しく不適任なときは、法人は、対象社員以外の社員の過半数の決議に基づき、訴えをもってその社員の業務執行権または代表権の消滅を請求することができる。

除名の訴えと比べたとき、この訴えには2つの特徴があります。

第一に、事由が広いことです。除名事由に当たらなくても、「業務執行または代表に著しく不適任」であれば足ります。長期の病気や不在で業務に関与できない、判断能力に問題がある、顧客や職員との関係を壊し続けている、といった事情は、除名事由としては弱くても、不適任事由としては主張できます。

権限消滅の判決だけでは社員の地位、持分、損益分配、無限責任は消えません。業務執行権と代表権のどちらの消滅を求めるかは、請求と判決の内容によります。一方だけが消滅する場合も含め、残る権限を確認します。

手続は除名の訴えと同じで、原告は法人、被告は対象社員(会社法861条)、管轄は主たる事務所所在地の地方裁判所の専属(同862条)、効力は判決確定時で、確定後は法人が変更の登記を申請します。そして、除名の訴えと同じく、判決確定までは相手の権限は何も変わりません。

2 除名との使い分け ― 「地位」を奪うか「牙」を抜くか

2つの訴えは、併合して提起することもできますし、どちらか一方を選ぶこともできます。使い分けの視点を表にしておきます。

項目 除名の訴え(859条) 権限消滅の訴え(860条)
奪うもの社員の地位そのもの業務執行権・代表権(社員の地位は残る)
事由859条各号(出資不履行・競業違反・不正行為・重要な義務違反)。裁判例は法人の存続を脅かす背信を求める傾向859条各号に加えて「著しく不適任」。病気・不在・関係破壊なども主張できる
認容後の相手法人を去り、持分の払戻しを受ける(基準時は提訴時)出資者として残る。損益分配を受け、無限責任を負い続ける。任意退社は可能
税理士法人の6か月ルール起動する(社員が1人になる)起動しない(社員数は変わらない)
向いている場面金銭的背信が明白で、相手を完全に切り離したい。後任の目処がある相手を経営から外したいが、法人の存続を優先したい。除名事由の立証に不安がある

実務では、除名の訴えと権限消滅の訴えを予備的に併合し、除名が認められない場合でも権限の消滅だけは確保する、という組み立てがあり得ます。第8講で見た東京地裁令和元年判決のように、除名事由に形式的に当たる行為があっても、法人の存続を脅かすとまではいえないとして除名が棄却される可能性を考えると、権限消滅の請求を併せておく意味は小さくありません。

ただし、権限を奪われた相手が社員として法人に残り続ける状態が、法人にとって望ましいかどうかは、別の問題です。相手は損益分配を受け続け、定款変更などの総社員の同意事項については依然として拒否権を持ちます。「牙を抜いた相手が居座る」状態は、それはそれで法人の意思決定を止めます。権限消滅の訴えは、相手に自ら脱退を選ばせるための圧力として機能させるのが、現実的な位置づけです。

3 保全処分 ― 職務執行停止の仮処分は使えるか

本案を会社法860条の権限消滅請求等とし、法人を申立人、対象社員を相手方として、民事保全法23条2項の仮の地位を定める仮処分を検討します。13条により、保全すべき権利関係と、著しい損害・急迫の危険を避ける必要性を疎明します。例えば、直近の無断送金、実行予定の解約、内部統制で防げない理由を、口座記録・通知・契約等で示します。

代表者の職務執行停止・代行者選任については、士業法人にも適用される組合等登記令5条が仮処分による登記を定めています。登記は民事保全法56条の裁判所書記官による嘱託と対応させます。会社法917条を士業法人へ直接適用する説明ではありません。那覇地裁平成19年4月5日決定については、対象法人と被保全権利の原文照合を要するため、本節の制度的根拠には用いません。

23条4項により、原則として相手方が立ち会える審尋等を経ますが、その手続により目的を達成できない事情がある場合は例外があります。14条の担保、54条の仮処分の内容も問題になります。申立ての趣旨には、停止する職務、期間、代行者の必要性と権限を具体的に記載します。既存の適法な代表者で業務を続けられるなら、代行者を置く必要があるかも検討します。

会社法603条は税理士法人・社労士法人に準用されていません。したがって、同条の「常務」や裁判所の許可という規律を当然に流用せず、代行者の権限、資産処分等の扱いを仮処分命令で明確にする必要があります。代行者の選任だけで税理士法52条や社労士法27条の資格制限が外れるわけでもありません。法人の代表・管理行為と実際の資格業務を区別し、適法な資格者の業務体制を示します。

準備する資料は、定款・登記、権限消滅事由の資料、急迫した損害の資料、通常の承認手続では防げない理由、継続すべき顧客業務、代行者候補と資格・権限の案、担保資金です。保全の必要性は個別判断であり、申立てから決定までの一定の日数を保証することはできません。

4 判決を待たない事実上の防衛策

現在の権限と適法な内部決定を確認し、金融機関・顧客・職員・システムの4つの接点で、通常業務を止めない管理を整えます。裁判外で有効に代表社員を変更できるかどうかも、定款と手続から検討します。

銀行

法人口座の届出印、通帳、キャッシュカード、インターネットバンキングの承認権限を確認します。2人が代表社員として届け出られている場合、どちらか一方の単独の指示で振込みができる設定になっていることが多い。金融機関に対して、社員間に紛争が生じていること、一定額以上の出金については残る側の確認を求めることを申し入れ、インターネットバンキングの承認フローを複数承認に変更できないか相談します。金融機関は法的には相手の代表権を否定できませんが、紛争の存在を知った金融機関は、事実上慎重な取扱いをすることがあります。少なくとも、相手が単独で大口の出金をした場合に、その事実をすぐ把握できる体制は作れます。

顧客

顧客には、現実の体制と正式な連絡窓口を案内します。相手にも代表権が残っている場合に「当法人を代表するのは自分だけ」と説明してはいけません。解約や変更の照会窓口を統一し、届いた通知を保存する運用を依頼します。

従業員

従業員に対しては、指示系統を明確にします。日常業務の指示、休暇や経費の承認、顧客対応の方針について、誰の指示に従うのかを文書で示し、相手からの指示と矛盾した場合には残る側に確認するよう伝えます。相手も業務執行権を持つため、相手の指示が法的に無効になるわけではありませんが、現場の混乱を減らし、従業員が板挟みになるのを防ぐ効果があります。あわせて、従業員の引抜きが始まっていないかに注意を払います(第22講)。

データとID

共有サーバとクラウド(会計・労務・ストレージ)の管理者権限、電子申請のID、GビズID、税務・労務の電子証明書、ウェブサイトとドメインの管理権限、法人の代表メールアドレスを棚卸しします。相手が単独で管理者権限を持っているものがあれば、法人としての管理体制に組み替えます。ここでの目的は相手のアクセスを遮断することではなく、法人の資産である情報とIDが、紛争の過程で失われたり持ち出されたりしないようにすることです。アクセスログの保全もこの段階で始めます(第23講)。

5 やってはいけないこと

防衛策には、越えてはいけない線があります。残る側が線を越えると、相手に反撃の材料を与え、除名や権限消滅の訴えで守勢に回ります。

行為 なぜ問題か
有効な根拠なく「代表権を剥奪した」と宣言する定款に基づく適法な選定・変更、辞任、判決等の根拠と登記の対抗関係が必要。内部制限と代表者の指定を区別する。
権利関係を確認せず報酬・損益分配を止める支払義務・条件・期限・相殺の可否を確認する。根拠のない不払いや過剰な留保は紛争を拡大させる。
顧客・従業員に相手を非難する文書を送る名誉毀損・信用毀損の反訴を招く。除名事由の主張は裁判所で行うものであり、顧客に向けて行うものではない。
相手のメール・私物・私用端末を無断で調べる法人の管理権限が及ばない領域への侵入は、それ自体が違法になり得る。証拠は法人の業務資料と法人のシステムのログから集める(第19講)。
相手を事務所から締め出す相手は社員であり、業務執行の権利と義務を持つ。物理的な締め出しは、相手の業務執行を妨害したとして損害賠償の対象になり得る。

共通するのは、「相手はまだ社員である」という前提を残る側が忘れると、法人を守るための行為が法人を傷つける、ということです。防衛策は、法人の資産と信用を守る範囲にとどめ、相手の権利を奪う行為は裁判所に委ねます。

6 初動チェックリスト(権限・資産の防衛版)

領域 確認・実行すること
権限の確認定款と登記で、代表社員の定め・代表権の制限の有無を確認する。相手が代表社員として登記されているか。
銀行届出印・通帳・カードの所在、インターネットバンキングの承認者設定を確認。金融機関に紛争の存在を伝え、大口出金時の確認と承認フローの変更を相談。残高と入出金の記録を日次で取る。
顧客主要顧客に体制と正式な連絡窓口を案内(相手への言及なし)。顧客からの問い合わせ内容を記録。
従業員指示系統と承認権限を文書化。相手からの指示との矛盾時の対応を周知。引抜きの兆候に注意。
データ・IDクラウド・サーバの管理者権限、電子申請ID、電子証明書、GビズID、ドメイン、代表メールの棚卸し。法人管理への組替えとログ保全。
法的手段の準備相手の不適任・背信を示す事実の時系列整理。除名・権限消滅の訴えの要否、仮処分の可否を弁護士と検討。

残る側の視点で押さえておくこと

権限消滅の訴え、代表社員の適法な変更、職務執行停止の仮処分を、それぞれの要件に即して検討します。仮処分は、被保全権利と必要性の疎明に加え、登記、代行者の権限、資格業務の体制を具体化して申し立てます。

次回 第10講「パートナーの死 ― 持分は相続されない:遺族への払戻しと『2人法人の解散リスク』」では、予告なく訪れる脱退、社員の死亡を扱います。相続人は社員の地位を引き継げず、残る側は遺族への払戻しと法人の存続を同時に抱えます。


【本講で引用した主な法令・裁判例】税理士法48条の18・48条の21/社会保険労務士法25条の25/会社法599条・603条・859条〜862条・917条/民事保全法23条・56条/組合等登記令/那覇地裁平成19年4月5日決定(ジュリスト1385号124頁の評釈で紹介)

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【保全の直接の根拠】民事保全法13条・14条・23条・54条・56条/組合等登記令5条/税理士法48条の11・48条の21・52条、社労士法25条の15・25条の25・27条。

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