『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第12講】
「清算金を払え」と言われたら
― 持分払戻しの基本構造:帳簿価額ではなく「時価」 ―
「出資はお互い500万円。でも法人の価値は今や6,000万円はある。半分の3,000万円を清算金として払ってほしい」。脱退を申し出た共同経営者から、そんな請求書が届いたとします。3,000万円という数字に根拠はあるのか。出資した500万円を返せば済む話ではないのか。それとも、もっと払うことになるのか。
第Ⅲ部・清算金編は、この問いに答えるための6講です。第12講はその土台として、持分払戻しの計算がどう組み立てられているかを扱います。結論を先に言えば、払戻額は相手の言い値でも出資額でもなく、脱退の時点の法人財産を基礎に計算します。そして帳簿上の数字ではなく、時価です。この構造を知っている側が、清算金の交渉を主導できます。
1 会社法611条の構造 ― 「出資を返す」のでも「言い値」でもない
脱退した社員の持分払戻しは、税理士法48条の21第1項、社労士法25条の25第1項が準用する会社法611条に定められています。条文の骨格を確認します。
- 1項 退社した社員は、その出資の種類を問わず、持分の払戻しを受けることができる。
- 2項 退社した社員と法人との間の計算は、退社の時における法人の財産の状況に従ってしなければならない。
- 3項 退社した社員の持分は、出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる。
- 4項 退社の時にまだ完了していない事項については、その完了後に計算をすることができる。
- 5項 除名により退社した場合は、「退社の時」を「除名の訴えを提起した時」と読み替える(6項で提訴日後の法定利率による利息)。
この条文から、3つの原則が導かれます。
第一に、払戻しは権利である。出資が金銭でも労務でも、脱退した社員は払戻しを受けられます。「相手が勝手に辞めたのだから払わない」という選択肢は、法律上ありません(定款による制限の限界は第15講)。
第二に、基準は「退社の時の法人財産の状況」である。出資額を返せば終わりではなく、また相手が主張する「法人の価値」でもなく、脱退時点の法人の財産を客観的に評価し、そこから相手の持分に相当する額を計算します。
第三に、金銭で払える。相手が「顧問先を現物でよこせ」と言っても、法人は金銭で払い戻すことを選べます。逆に、法人が「金がないので顧客で払う」と言っても、相手は金銭を求められます。
冒頭の設例に当てはめると、「出資500万円を返せば済む」という残る側の期待も、「法人の価値6,000万円の半分」という相手の主張も、そのままでは条文に沿っていません。答えは、脱退時の法人財産を評価し、相手の持分割合を掛けたところにあります。
2 なぜ帳簿価額ではないのか ― 払戻しは「一部清算」である
611条2項は脱退時の法人財産の状況を基準とします。帳簿額をそのまま払戻額にする前に、定款上の計算条項、含み損益、債権回収可能性、簿外債務等を確認します。一律に売上倍率を加える規定ではなく、営業継続を前提とする価値が実際に法人に残るかを検討します。
理由は、持分の払戻しの性質にあります。社員の脱退は、その社員との関係で法人を部分的に清算するのと同じ意味を持ちます。もし法人がその時点で解散して財産を換価すれば、社員は残余財産の分配を受ける。脱退による払戻しは、その社員1人についてだけ、法人を続けたまま同じ計算をするものです。だから、法人財産は帳簿の数字ではなく、実際の価値で評価しなければならない。
この考え方を明確に示したのが、東京高等裁判所平成7年6月14日判決(高民集48巻2号165頁、判例時報1525号145頁)です。事案は医療法人社団を退社した社員の出資持分払戻請求で、士業法人そのものではありませんが、持分の払戻しが「一部清算」の実質を持つこと、したがって評価は帳簿価額ではなく退社時の客観的な価額によること、しかも解散を前提とした清算価額ではなく営業を継続することを前提とした価額を標準とすることを判示しました。医療法人の持分払戻しをめぐる裁判例は、その後も含めて、士業法人の払戻しを考えるときの基本的な枠組みとして参照されています(第15講で扱う最高裁平成22年4月8日判決も同じ系譜です)。
残る側にとって、この原則は両刃です。含み益のある不動産や有価証券を法人が持っていれば、帳簿価額より払戻額は増えます。他方で、帳簿には載っていない負債や引当て(未払いの賞与、退職金、係争中の賠償請求)を織り込めば、払戻額は減ります。そして「営業を継続することを前提とした価額」という言葉は、顧問先との関係という無形の価値――のれん――をどう扱うか、という第13講の主戦場につながっていきます。
3 士業法人そのものの先例 ― 監査法人の持分払戻判決
監査法人でも、公認会計士法による会社法611条の準用が問題となります。以下の事件は共通する条文の解釈を検討する資料ですが、無限・有限責任の別、出資と損益の帰属、定款、脱退の時期を照合する必要があります。税理士法人・社労士法人のすべての払戻しに同じ算式が直接当てはまるという先例ではありません。
東京地裁令和3年6月24日判決(金融・商事判例1626号34頁)
無限責任監査法人を脱退した社員が、持分の払戻しを求めた事案です。裁判所は、公認会計士法が準用する会社法611条2項に基づいて、脱退時の法人財産の状況に従って払戻額を具体的に算定しました。あわせて、監査法人が商人にあたることを認め、遅延損害金に当時の商事法定利率を適用しています。判決の背景には、法人側が脱退の直前に「払戻額は出資額に限る」旨の定款変更を試みたという事情があり、定款による払戻しの制限をめぐる論点(第15講)の素材にもなっています。
東京地裁令和5年3月30日判決
同じく監査法人を脱退した社員の払戻請求で、裁判所は、脱退社員の持分の割合を、出資額にその社員に帰属する損益を加味した割合として算定する判断を示したと紹介されています。認容額そのものは大きくありませんが、「持分割合」をどう計算するかを裁判所が具体的に示した例として、実務上の意味があります。
以下の計算例では、定款・出資記録・社員別の損益計算を分けて検討します。
4 計算構造の全体図 ― 各ボックスがどの講の争点か
ここまでの内容を、ひとつの計算式に整理します。この図は、第Ⅲ部全体の見取り図でもあります。
| 計算段階 | 対応する講 |
|---|---|
| 基準日・定款・持分割合 | 第12・15・16講 |
| 資産・債務と無形価値の評価 | 第12〜14講 |
| 承継対価・損害賠償債権と相殺 | 第13・16講 |
| 源泉税・最終税額・現金支払 | 第17講 |
図1 持分払戻額の計算構造と各講の対応
式の左から順に説明します。
①資産の時価評価。帳簿価額を出発点に、不動産・有価証券の含み損益、未収報酬の回収可能性、固定資産の実際の価値を反映します。
②のれん。顧問先との継続的関係を基礎とする無形の価値です。含めるかどうか、含めるならいくらか、そして相手が顧客を連れて行く場合にどう調整するかが、第Ⅲ部で最も争われる論点です(第13講)。
③負債の控除。借入れ、リース、未払税金、引当て(賞与・退職金)、係争中の賠償請求。ここを丁寧に積み上げるかどうかで、払戻額は大きく動きます。負債が資産を上回れば、払戻しはゼロになるどころか、相手が法人に支払う側に回ります(第14講)。
④持分の内訳。出資の帰属、留保損益の分配割合、再評価差額の扱いを定款と社員別帳簿から確認します。622条が直接定めるのは損益分配割合であり、常に同じ割合を法人純資産全体に掛ければよいという規定ではありません。本連載で「純資産×50%」とする例は、出資と損益分配等の割合が一致するという前提を置きます。
⑤定款による修正。定款で払戻しの基準や方法を定めている場合、それがどこまで効くかが問題になります(第15講)。
⑥相殺。相手の在任中の義務違反による損害賠償請求権があれば、払戻債務と相殺できます(第16講)。
⑦税引後。資本金等対応額と出資の取得費は別に確認します。金銭・現物の払戻額から法令上の資本金等対応額を差し引いた額がみなし配当となる場合があり、単に個人の当初出資額を引くのではありません。源泉徴収後の振込額と最終税額も分けます(第17講)。
冒頭の設例に戻ると、相手の「法人の価値6,000万円」は、①②③を経ていない数字です。仮に時価純資産が2,000万円、のれんが2,000万円と評価され、負債控除後の価値が4,000万円だとして、持分割合2分の1なら2,000万円。そこから、相手が連れて行く顧客に対応するのれんの調整、相手の義務違反に基づく相殺、税引後の手取りの議論が始まります。3,000万円という請求額は、この過程を経て初めて、当たっているか外れているかが分かります。
5 請求書が届いたときのチェックリスト
相手から払戻しの請求が届いたら、金額に反応する前に、次の7点を確認してください。
| 確認事項 | 見るべき点 |
|---|---|
| ①基準日はいつか | 脱退の効力発生日が計算の基準。任意退社なら事業年度末、合意脱退なら合意で定めた日、除名なら提訴時(第6〜8講)。相手が有利な時点を勝手に選んでいないか。 |
| ②評価は簿価か時価か | 含み益だけを拾って含み損や簿外債務を無視していないか。時価評価は資産側にも負債側にも及ぶ。 |
| ③のれんの根拠 | のれんを計上しているなら、その算定根拠(年間報酬の何倍か、どの顧客を含めるか)。相手が持って行く顧客を除外しているか(第13講)。 |
| ④負債と保証の控除 | 借入れ、リース、未払税金、引当て、係争中の賠償請求が控除されているか。連帯保証の処理と整合しているか(第3講)。 |
| ⑤未完了事項 | 基準日時点で進行中の申告業務、未収報酬、未払費用は、完了後に計算できる(611条4項)。相手が有利な見込みで先取りしていないか。 |
| ⑥定款の定め | 払戻しの基準・方法・分割払いについて定款や社員間契約に定めがあるか(第15講)。 |
| ⑦相殺の原資 | 相手の在任中の競業・引抜き・私的流用による損害賠償請求権があるか。金額と証拠(第16講)。 |
この7点を確認したうえで、残る側は自分の計算書を作ります。相手の請求書に対して「高すぎる」と言うだけでは、交渉は動きません。「当法人の計算では、基準日〇年〇月〇日の時価純資産は〇円、のれんは〇円(承継顧客分を控除)、持分割合は〇分の〇、相殺後の払戻額は〇円」という対案を示して初めて、数字の議論になります。
6 払う側の資金繰り ― 一括か分割か
計算の結果、法人が相手に払うべき額が確定したとして、その資金をどう用意するか。持分の払戻しは法人の債務であり、法人の預金から払います。のれんを含めた評価になれば、年間売上に近い金額になることもあり、一括では法人の運転資金が尽きます。
脱退合意書では、金額だけでなく支払方法を定めます。分割払いの回数と期間、利息の有無、期限の利益喪失条項、そして分割期間中に相手が不勧誘条項などに違反した場合の扱い(残額の支払いとの関係)を書きます。法人側の資金調達(金融機関からの借入れ、平時に用意した生命保険)も、この段階で組み合わせます。
交渉の視点からは、支払方法は金額と同じくらい重要な条件です。相手にとって、金額が多少下がっても早期に一括で受け取れる合意は魅力的ですし、残る側にとって、金額を譲らない代わりに長期分割にできる合意は資金繰りを守ります。金額の議論が膠着したときに、支払方法を動かすことで合意に至る例は少なくありません。
残る側の視点で押さえておくこと
払戻計算では、基準日、法人財産の評価、定款の算定条項、出資と帰属損益、別途の債権との相殺、税務を順に確認します。「時価純資産×出資比率」は前提が一致する設例の式であり、すべての定款・社員関係に共通する唯一の式ではありません。
【本講で引用した主な法令・裁判例】税理士法48条の21/社会保険労務士法25条の25/会社法611条・622条/公認会計士法34条の22/東京高裁平成7年6月14日判決(高民集48巻2号165頁・判例時報1525号145頁・判例タイムズ881号128頁)/東京地裁令和3年6月24日判決(金融・商事判例1626号34頁)/東京地裁令和5年3月30日判決(週刊T&A master 1003号)