第81講 個別指導の通知が来た― まず何を確認するか
第Ⅸ部 診療報酬・指導監査・行政対応
個別指導の通知が届いたら、まず日時、出席者、提出・持参する資料を確認します。個別指導は保険診療を適正に行うための指導であり、監査とは目的と手続が異なります。指導を受ける義務を踏まえ、事実を整理して準備することが大切です。
この講では、通知を受けてから結果への対応までを整理します。具体的な日程や資料の範囲は、自院に届いた通知で確認してください。診療報酬の個々の算定要件は、診療当時に適用される告示・通知に照らして確認します。
例えば、地方厚生局から個別指導の通知が届きました。日時と提出・持参する資料が示されています。院長は思いました。「対象患者はいつ分かるのか。まず何を準備したらよいのだろう」。
1 個別指導とは何か ― 制度上の位置づけ
個別指導は、健康保険法73条等に基づき、地方厚生(支)局と都道府県等が行います。基本的な手続は、厚生労働省の「指導大綱」に定められています。本講は令和8年3月30日改正の大綱を踏まえています。
指導の目的は、保険診療と請求の適正化です。個別指導自体は指定取消し等の処分ではありませんが、健康保険法73条は、保険医療機関・保険医に指導を受ける義務を課しています。「行政指導だから欠席してよい」という意味ではありません。一方、個々の指摘や自主返還への同意は、根拠を確かめて検討します。監査への移行にも所定の条件があります(第82・83講)。
2 なぜ選ばれたのか ― 選定の理由
対象となる主な事情は、次のとおりです。通知だけで選定の事情がすべて分かるとは限りません。推測に頼って準備の範囲を狭めず、指定された資料と自院の診療・請求を点検します。
| 選定の理由 | 内容 |
|---|---|
| 新規指定 | 新たに指定された医療機関を対象とする新規個別指導。実施時期や対象資料は通知で確認する。新規指定後の集団指導とは別の手続。 |
| 情報提供 | 審査支払機関、保険者、患者等からの情報を踏まえ、個別指導が必要と認められた場合。情報が寄せられたことだけで、内容が事実と決まるわけではない(第86講)。 |
| 指導・監査の結果 | 前回が「再指導」、又は「経過観察」で改善が認められない場合。監査で戒告・注意を受けた場合も対象になる。 |
| 集団的個別指導後 | 集団的個別指導を受けた翌年度の実績でも高点数に該当すると、翌々年度の個別指導の対象となる。集団的個別指導で、対象の大部分のレセプトが適正を欠くと認められた場合も対象になる(第82講)。 |
| 指導の拒否 | 正当な理由なく集団的個別指導を拒否した場合。 |
| その他 | 特に個別指導が必要と認められる場合。 |
3 通知から当日まで ― 時系列
| 時期 | 何が起きるか・何をするか |
|---|---|
| 実施通知を受領 | 日時、場所、出席者、提出・持参する資料を確認する。院内の担当者を決め、医師会・保険医協会の相談窓口や、指導対応に詳しい弁護士等に相談する。 |
| 通知後すぐ | 「保険医療機関の現況」等を、通知の様式と期限に従って作成する。届出、勤務実績、開設者・管理者の情報を資料と照合し、提出したものの控えを残す。 |
| 対象患者の連絡後 | 指定患者の診療録、レセプト、検査結果、説明文書等をそろえる。対象人数や連絡回数を全国一律とは考えず、通知で確認する。本講4の項目に沿って点検する。 |
| 直前の確認 | 追加の指定や連絡の有無を確認する。紙資料の不足、電子カルテの閲覧・出力方法、当日の役割分担を確かめる。 |
| 当日 | 出席者・資料の確認、診療録とレセプト等に基づく質問、講評が行われる。所要時間は指導の種類や内容によるため、通知等で確認する。 |
| 結果通知後 | 結果と指摘事項を確認し、改善報告・自主点検等の期限を管理する。結果通知までの期間を一律に見込まない(本講6)。 |
4 事前点検 ― 何を見るか
対象患者のリストが届いたら、そのカルテとレセプトを一人ずつ突き合わせます。見るべきポイントは、次のとおりです。
- 診療と請求の根拠。実施した診療、その必要性、診療録・関連記録とレセプトの対応を確認する。記載漏れが直ちに「実施していない」ことを意味するわけではないが、記載自体が算定要件なら、その欠落が算定の可否に関わる(第84講)。
- 算定要件。対象患者、実施内容、文書交付、記録、時間、回数等を項目ごとに確認する。現在の要件を、改定前の診療にそのまま当てはめない。
- 傷病名と診療内容。症状、検査・投薬の必要性、診断との整合を確認する。診断前の検査では「疑い」病名等を適切に扱い、請求のためだけに実態のない病名を付けない。
- 施設基準の実態。届け出ている施設基準(人員、設備、体制)を、実際に満たしているか(第85講)。
- 記録の作成・訂正。記載者、医師による確認、追記・訂正の日時と履歴が分かるか。事務職員が診断や診療内容を独断で補っていないか。
不備が見つかっても、元の記録を消したり、当時から記載されていたように日付を戻したりしてはいけません。必要な追記・訂正は、原記録を残し、現在の日時、担当者、対象の診療日、理由と根拠を明示します。当時の記録と事後の記憶も区別してください。正当な追記をしても、診療当時に満たすべき算定要件が後から当然に満たされるわけではありません(第72講)。
5 当日の姿勢 ― やること、やらないこと
当日は、診療と請求について事実に基づいて説明します。分からない点と見解が異なる点を分け、後で確認できる記録を残します。
出席者。指導大綱は、開設者又はこれに代わる者と管理者の出席を求め、必要に応じて保険医、請求事務担当者、看護担当者等の出席を求めるとしています。通知に沿って準備し、出席が難しい事情は早めに連絡します。弁護士の帯同を希望する場合は申し出て、委任状等の手続を確認してください。診療の説明は担当する医師が行い、同席者が記録や法的な助言を補います。
記録。対象患者、算定項目、指摘内容、示された根拠、自院の回答を具体的に残します。講評と後日の文書を照合し、不明な点は照会してください。録音を希望する場合も、目的と取扱いを伝え、手続を確認します。
答え方。確認できた事実、記憶、推測を区別します。分からなければ、その場で無理に答えず確認を申し出ます。記載がない診療について実施した根拠があるなら説明し、逆に記載があっても誤りが判明したなら正確に説明します。
見解が異なるとき。指摘の根拠と、当時の算定要件を確かめ、診療録等を示して説明します。発言の機会や、意見を提出する方法・期限も確認します。その場で結論が出ない事項は記録し、速やかに書面等で照会します。
自主返還の即答。当日、指摘事項について「返還します」と即答する必要はありません。返還の範囲と金額は、結果通知の後に、指摘の内容を精査して判断します(第83講)。
6 結果 ― 四つの区分
指導の結果は、通常、次の四つのいずれかで通知されます。
| 結果 | 意味と、その後 |
|---|---|
| 概ね妥当 | 診療内容と請求が概ね妥当であった場合。指摘があっても軽微。 |
| 経過観察 | 適正を欠く部分が軽微で、理解が得られ、改善が期待できる場合。経過観察で改善が認められなければ再指導となる。 |
| 再指導 | 適正を欠く部分があり、再度の指導をしなければ改善状況を判断できない場合。指摘を改善し、再度の指導に備える。 |
| 要監査 | 監査要綱に定める条件に該当すると判断された場合。後日速やかに監査が行われる。指導中に明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合は、指導を中止して直ちに監査を行うこともある。 |
指摘事項については、指導大綱に基づき改善報告書の提出が求められます。返還の要否は、結果区分だけで決まるものではありません。実際の運用を改め、その根拠を記録します。度重なる個別指導でも改善が見られないことは監査の選定基準ですが、一度同じ指摘を受けただけで必ず監査になるわけではありません。
保存版 個別指導の通知を受けたときのチェックリスト
- 通知の内容——指導日・場所・出席者・持参資料を確認し、カレンダーに入れる。
- 相談先——医師会・保険医協会、指導対応に詳しい弁護士等への相談を手配する。労務・会計の資料は必要に応じて社労士・税理士にも確認する。
- 現況報告——提出書類を正確に作成する。施設基準・職員体制の記載を実態と一致させる。
- 最新の大綱——指導大綱の最新版と、自院の診療科に関わる算定要件を確認する。
- 事前点検——対象患者の連絡後、診療録・関連記録とレセプトを突き合わせ、実施内容と当時の算定要件を確認する。
- 原記録を保全——追記・訂正が必要なら日時・理由・根拠を残し、日付の遡及や事実の作出をしない。
- 持参資料——通知の一覧どおりに準備し、不足がないか前日に確認する。
- 当日の役割——院長が答え、同席者が記録する。
- 指摘の記録——講評の内容を具体的に書き留める。
- 結果後の対応——結果通知を受けて、改善報告と返還の範囲を専門家と検討する。
7 よくある質問
- 個別指導の通知が来ました。何か不正を疑われているのでしょうか。
- 通知を受けたことだけで、不正を疑われているとは限りません。新規指定や高点数等による指導もあります。通知の内容を確認し、指定された資料を準備してください。高点数による選定でも、個々の診療・請求が適正かどうかは別に確認されます。
- 対象患者のカルテに記載漏れがありました。今から書き足してよいですか。
- 必要な追記・訂正まで一律に禁止されるわけではありません。ただし、原記録と追記の経緯を残し、当時の記録と事後の記憶を区別します。日付を戻す、実施していない行為を書く、記載要件を満たしていたように装うことはできません。追記だけで過去の算定が正当化されるわけでもないため、不備の内容を整理して相談してください。
- 弁護士に同席してもらえますか。
- 弁護士の帯同を申し出て、必要な手続や役割分担を確認してください。診療に関する説明をすべて弁護士に任せることはできません。事前の資料点検、指摘の根拠の確認、当日の記録、その後の対応について相談しておくと役立ちます。
- 指導の結果に納得できません。争えますか。
- 個々の指摘について根拠を尋ね、資料を示して意見を述べられます。行政指導自体は、通常、処分に対する不服申立てや取消訴訟とは異なる扱いです。自主返還の要否・範囲、別途された処分、手続上の問題を分けて弁護士と検討してください。意見がある場合も、連絡や期限への対応を放置しないことが大切です。
主な法令・参考資料
- 健康保険法
58条3項の不正利得の返還・加算金、65条の指定、73条の指導、78条の調査、80条・81条の取消し等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070
- e-Gov法令検索:保険医療機関及び保険医療養担当規則
2条の6の掲示・ウェブサイト掲載、22条の診療録記載等。保険診療の取扱い。
https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50000100015 - e-Gov法令検索:国民健康保険法
41条の指導、42条の一部負担金等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/333AC0000000192 - 厚生労働省:診療情報の提供等に関する指針
遺族への情報提供、開示手続、非開示、記録の訂正等。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html - 厚生労働省:指導大綱・監査要綱
令和8年3月30日改正。指導の選定・出席者・結果、監査の選定・措置・原則5年間の返還等。
https://www.mhlw.go.jp/content/001685596.pdf - e-Gov法令検索:行政手続法
32条の行政指導の一般原則、35条の行政指導の方式。
https://laws.e-gov.go.jp/law/405AC0000000088