第84講 返戻・査定と再審査請求― レセプトの日常とカルテ記載
第Ⅸ部 診療報酬・指導監査・行政対応
毎月のレセプト請求と、返戻・査定への対応は、適正な保険診療を支える日常業務です。繰り返される不備を見つけて改善することは、入金の安定にもつながります。ただし、返戻や査定が少ないことだけで、指導・監査でも問題がないとはいえません。
この講では、返戻・査定と再審査請求を整理し、診療の記録と請求をどう結び付けるかを考えます。実施したこと、医学的な必要性、制度上の算定要件を、それぞれ確かめることが大切です。
例えば、月々のレセプト請求の後、返戻や査定の通知が届きました。事務長が尋ねます。「この管理料ですが、必要な説明をしたことが記録から分かりません」。院長は答えました。「やっている。書いていないだけだ」。実施したことと、算定に必要な記録をそろえることの、両方が問われます。
1 レセプトの日常 ― 請求から入金まで
診療報酬は、通常、診療した月の翌月にレセプトを審査支払機関へ提出して請求します。支払基金や国民健康保険団体連合会が審査・支払を担い、通常の支払は診療月の翌々月です。実際の締切日と支払日は各機関の案内で確認してください。返戻、再請求、精算等によって入金時期や金額は変わります(第5講)。
この審査の過程で、医療機関に戻ってくるものが二つあります。
| 種類 | 内容と対応 |
|---|---|
| 返戻 | 資格・記載内容の不備、情報不足等のため、請求を差し戻して確認・補正を求めるもの。実態と要件を確認し、適切に補正して再請求する。再提出時期等によって支払が遅れるため、返戻理由と処理日を管理する。 |
| 査定(減点) | 審査の結果、請求の一部または全部が認められず、減額されるもの。理由は、医学的な必要性の疑義、算定要件の不充足、過剰・重複など。納得できない場合は、再審査を申し出ることができる。 |
審査は、単月のレセプトだけでなく、同一患者の複数月のレセプトを並べて見る縦覧点検、医科と調剤のレセプトを照合する突合点検によっても行われています。つまり、単月では問題のない請求が、数か月分を並べると問題になることがあります。
2 再審査請求 ― 査定に納得できないとき
査定理由に医学的・制度的な異議があれば、再審査を申し出ることができます。症状・所見、診療の必要性、適用される算定要件を、診療当時の記録に基づいて具体的に説明します。提出方法と必要な資料は、請求先の審査支払機関の案内に従います。
診療録は申出の重要な根拠ですが、記載の有無だけで結果が決まるものではありません。実施内容や医学的な必要性を説明できても、対象患者、回数、併算定の可否等の要件を満たさなければ、請求が認められない場合があります。逆に、請求時の情報不足が原因なら、事実に基づく説明が判断に役立ちます。
支払基金は、再審査の申出を原則6か月以内に行うよう求めています。6か月を過ぎれば法律上の権利が当然に消滅する、という一律の期限ではありませんが、早めの対応が必要です。国保連の案内、オンライン手続の受付日や月ごとの締切も別に確認します。同じ申出者が同じ事項を繰り返し再審査に出すことは、支払基金では特別な事情がない限り認められないとされています。
査定された項目は、医師と事務担当者で理由を確認します。算定・記載を改善すべきものと、根拠を添えて再審査を申し出るものを分けましょう。査定があったことだけで診療が不適切だったと決めつけず、どの要件が問題になったかを把握します。
3 カルテとレセプトが合っていない ― 何が問題か
保険医療養担当規則22条は、診療後、遅滞なく必要な事項を診療録に記載するよう求めています。記録は診療の継続と情報共有に欠かせず、請求の根拠にもなります。ただし、記載がないことと診療をしていないことは同じではありません。実施の有無、記載義務、記録自体が算定要件になっているかを区別します。
「合っていない」状態には、いくつかの型があります。
| 型 | 何が起きるか |
|---|---|
| やったが書いていない | 実施の有無や必要性を確認しにくくなる。記載漏れだけで未実施と決まるものではないが、関連記録等も含めて事実を確認する。記載自体が算定要件なら、その充足は別途問題になる。 |
| 要件の記載がない | 説明・文書交付・計画作成・診療録への記載等、項目ごとの要件を確かめる。実施したことだけで、すべての要件を満たしたことにはならない。事後の追記で当時の欠落を当然に補えるものでもない。 |
| 病名だけが残っている | 診療の実態のない病名を請求のためだけに付けたり、転帰を更新せず残したりする問題。疑い病名を使うこと自体が不適切なのではなく、症状や検査の必要性、診断過程との整合が必要。 |
| 定型文だけの記載 | 電子カルテのテンプレートで、患者ごとの所見や判断がなく、同じ文言が並んでいる。記載はあるが、その患者について行った診療の実質が読み取れない。 |
| 不適切な追記・訂正 | 日付を戻す、原記録を消す、実施していない診療を補うことは避ける。必要な訂正・追記は、現在の日時・担当者・対象の診療日・理由・根拠を残して行う(第72講)。 |
4 記載のルール ― 医師と事務の役割
診療内容とレセプトにずれが生じる原因は、医師・事務間の情報共有不足だけではありません。要件の理解、システム設定、入力・確認の手順も点検します。主な役割は次のとおりです。
医師の役割。症状・所見・判断・実施した行為を、遅滞なく正確に記載します。指導内容、文書交付、計画等について記録が求められる項目では、その要件も満たします。テンプレートを使う場合も、未実施の行為や前回の記載がそのまま残らないよう確認します。
事務の役割。請求する項目の根拠と算定要件を照合し、不明な点は請求前に医師へ確認します。事務職員が請求に合わせて病名や診療内容を独断で作ってはいけません。医師の指示による記録の代行入力を行う場合も、入力者を明確にし、医師が内容を確認して責任を持つ運用にします。
院長の役割。返戻・査定の理由と処理状況を定期的に確認し、繰り返す不備の原因を取り除きます。事務が医師に確認できる窓口と回答期限を設け、請求漏れ・二重請求や、根拠のない補正も防ぎます。問題を指摘した担当者が責められない仕組みが重要です。
5 日常の点検を、指導への備えにつなげる
毎月の点検は、個別指導に備える土台になります。ただし、通常のレセプト審査と指導・監査では、対象や確認方法が異なります。レセプトが支払われたこと、返戻・査定が少ないことだけで、実際の診療や施設基準まで適正と確認されたわけではありません。
診療の実態、記録、請求に加え、施設基準や人員配置も定期的に確かめます。不備があれば原因と影響範囲を調べ、必要な訂正・返還と再発防止を進めます(第83・85講)。
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 直近3か月の返戻・査定の一覧を出し、繰り返されている項目を特定する
- その項目について、算定要件と、カルテに記載すべき内容を明文化する
- 事務が医師に確認する手順(何を、いつ、どう聞くか)を決める
- 再審査の申出の目安、受付方法、月ごとの締切を確認し、根拠を整理して早めに申し出る
やってはいけないこと
- 「やっている、書いていないだけ」で済ませる
- 査定を「仕方ない」と放置する
- 実態のない傷病名を残し続ける
- 診療当時から記載があったように装う、又は実態のない病名・診療内容を補う
7 よくある質問
- テンプレートを使った記載は問題ですか。
- テンプレートは必要な記録をそろえる助けになります。実際に診療した内容を反映しているか、患者の状態と判断が分かるかを確認してください。「一行加えれば十分」という一律の基準はありません。項目ごとの記載要件も満たし、未実施の行為が自動入力される運用を避けます。
- 返戻と査定、どちらが深刻ですか。
- 名称だけでは判断できません。返戻でも、確認の結果、算定自体ができないと分かる場合や、未処理のまま入金が遅れる問題があります。査定についても、理由を確認して必要な改善や再審査を検討します。件数だけでなく、金額、原因、処理にかかる期間を合わせて見てください。
- 再審査の申出はどのくらい通りますか。
- 個別の診療内容、査定理由、算定要件、提出する説明によって異なります。一般的な成功率だけで、自院の申出の見通しを判断しないことが大切です。診療録や検査結果等で根拠を整理し、なぜ査定理由が当たらないと考えるかを具体的に示します。記載があるだけで必ず認められるわけではありません。
主な法令・参考資料
- 社会保険診療報酬支払基金:診療報酬等の支払予定日
2026年度の診療月と支払予定日。
https://www.ssk.or.jp/seikyushiharai/shiharai_r02.html
- e-Gov法令検索:保険医療機関及び保険医療養担当規則
2条の6の掲示・ウェブサイト掲載、22条の診療録記載等。保険診療の取扱い。
https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50000100015 - 厚生労働省:診療情報の提供等に関する指針
遺族への情報提供、開示手続、非開示、記録の訂正等。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html - 社会保険診療報酬支払基金:審査に関するQ&A
通常の審査の役割、再審査の申出期間(原則6か月以内)、同一事項の再度申出の取扱い。
https://www.ssk.or.jp/goshitsumon/goshitsumon_02.html - 厚生労働省:保険診療の理解のために(医科・令和8年度)
保険診療・診療録・傷病名・算定要件・指導監査の基本事項。
https://www.mhlw.go.jp/content/001713152.pdf