第131講 なぜ医師はワンルームマンション営業の標的になるのか
第ⅩⅣ部 医師の資産・投資・プライベートウェルス
医師であることや収入を手がかりに、投資用マンションの勧誘を受けることがあります。「融資を受けられること」と「投資として利益が見込めること」は別です。節税、家賃保証、年金代わりという説明を、税引後の収支と契約条件に置き換えて確かめます。
この講では、なぜ医師が勧誘対象になりやすいのか、営業の典型的な話法をどう検証するか、法律上どのような規制と救済があるのか、そして購入後に何ができるのかを整理します。投資用不動産のすべてが悪いわけではありません。電話勧誘で販売される投資用ワンルームは、販売価格、手数料、借入条件、空室・修繕リスクを独立に検証する必要があります。
宅建業法のクーリング・オフは、申込み場所、売主が宅建業者か、法定の告知があったか等で判断します。事務所等で申込みをした場合や、買主が自ら指定した自宅・勤務先等には注意が必要です。適法な告知の日から8日を経過した場合、又は引渡しを受け代金全額を支払った場合などは対象外になります。短い期間の制度なので、購入直後は早めに契約書類を確認してください。
例えば、外来の合間、院長の携帯に電話がありました。「〇〇先生でいらっしゃいますか。医師の皆様に限定でご案内している、都心の投資用マンションのご提案です。節税と、将来の年金代わりになります。多くの先生方にご購入いただいております」
院長は切りました。翌週、また別の会社から電話がありました。その翌週も。
院長は事務長に聞きました。「なぜ、私の携帯番号を知っている。なぜ、医師だと知っている」。
1 なぜ医師なのか
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| 与信 | 融資審査では収入、既存債務、物件の担保価値・収支等が検討される。医師なら必ず融資が通るわけではなく、融資承認は販売価格や収益性の保証でもない。 |
| 時間 | 業務の合間の勧誘では、資料の比較や第三者への相談に時間を取りにくい。手続を業者に任せる場合も、価格・借入・契約条件の判断まで省略しない。 |
| 税 | 不動産所得の赤字を他の所得と通算できる場合はあるが、土地取得借入金の利子相当部分などには制限がある。減価償却を含む税務上の損益と、現金の収支、物件の売却損益は分けて見る。 |
| 連絡先 | 公開情報、紹介、過去の取引等が連絡の端緒になる場合があるが、特定の電話番号の入手経路は調べなければ分からない。業者名、情報の入手元、今後の連絡停止を尋ね、やり取りを記録する。 |
| 信頼の構造 | 「多くの先生方に」「同じ大学のご出身の先生も」「〇〇病院の先生からのご紹介で」という話法。医師コミュニティの信頼を借りる(第133講)。 |
| 年金・将来不安 | 個人開業か法人勤務か、加入歴等で年金制度と受給見込みは異なる。老後資金は年金見込額、生活費、借入等を踏まえて考え、将来の家賃を確定収入とみなさない。 |
2 話法と事実
| 話法 | 事実 |
|---|---|
| 「節税になります」 | 税務上の赤字と投資全体の損失は同じではない。建物の減価償却はその年の現金支出を伴わず、借入元本の返済は通常必要経費にならない。損益通算の制限、建物の耐用年数、売却時の取得費・税も含めて試算する。 |
| 「家賃収入でローンが払えます」 | 家賃、空室、管理費・修繕積立金、税、原状回復費、金利を複数の条件で試算する。現在の家賃が将来も続くとは限らない。借入返済を含む資金繰りと、返済後に残る資産価値を分けて判断する。 |
| 「サブリースで空室の心配はありません」 | 契約の実質が建物賃貸借であれば、原則として借地借家法32条の賃料増減請求が問題になる。固定額の保証が永続するとは限らず、定期建物賃貸借の賃料改定特約等の例外もある。免責期間、改定・解約条項、事業者の支払能力を確認する。 |
| 「将来、値上がりします」 | 値上がりは保証されない。成約事例、賃料、築年数、管理状態等から価格を比較する。販売価格と再売却価格の差は物件や時点により異なり、「新築なら必ず購入直後に値下がりする」とも断定できない。将来価格についての断定的な勧誘は法的問題となり得る。 |
| 「生命保険代わりになります」 | 団体信用生命保険が支払われれば、対象となる借入債務が弁済される。支払事由、免責、告知、対象債務を確認する。物件の費用・価格変動は残るため、別の生命保険と保障額・期間・総費用をそろえて比較する。 |
| 「先生方に限定のご案内です」 | 対象者を限定する理由と、一般の条件に比べた具体的な優遇を資料で確かめる。「医師限定」という言葉だけで、有利とも不利とも判断しない。 |
| 「今日中にお返事を」 | 期限の理由を聞き、比較・相談の時間を確保する。期限の提示自体が直ちに違法とは限らないが、威迫や拒否後の勧誘等には宅建業法上の規制がある。 |
3 法律上の規制
| 法律 | 規制の内容 |
|---|---|
| 宅地建物取引業法 | 重要事項説明、重要事項の不告知・不実告知、利益の確実性に関する断定的判断等を規制する。業者名等を告げない勧誘、明確な拒否後の勧誘継続、迷惑な時間帯の電話等も規制される。違反の類型・程度に応じ行政処分や罰則が問題になる。別会社からの電話まで、前の会社への拒否だけで当然に違反とはいえない。 |
| 消費者契約法 | 事業として又は事業のために購入する場合は「消費者」に当たらないことがある。適用がある場合も、不実告知、断定的判断、不利益事実の不告知等について、誤認・困惑と契約との関係など各要件が必要。取消権は原則、追認できる時から1年、契約締結から5年のいずれの期間にも注意する。霊感等による告知の類型には3年・10年の特則がある。 |
| 賃貸住宅管理業法(サブリース規制) | 特定転貸事業者と、その依頼で特定賃貸借契約の勧誘をする者には、誇大広告・不当勧誘の規制がある(28・29条)。契約前の書面交付・説明義務は特定転貸事業者に課される(30条、相手方等による例外あり)。単なる不動産の紹介と、サブリース契約の勧誘を区別する。 |
| 特定商取引法 | 宅建業者が行う宅地建物の売買等は、特定商取引法の訪問販売等の規制の適用除外となる。別途、宅建業者が自ら売主となる売買では、宅建業法37条の2のクーリング・オフを検討する。媒介業者がいるだけでは足りない。 |
| 民法・不法行為 | 詐欺・錯誤による取消し(96条・95条)、説明義務違反による損害賠償(709条)。融資書類の収入・預金の改ざんに業者が関与していれば、業者の不法行為と、金融機関との関係での買主の立場の双方が問題になる。 |
4 買ってしまった後にできること
投資用マンションを買った後の点検と対応
- 収支を計算する 賃料から運営費・税・元利返済等を引いた現金収支と、減価償却等を含む税務上の所得を別に出す。修繕・金利・空室の条件を変え、売却手取額と残債も比較する。
- 契約時の説明を記録から確認する パンフレット、収支シミュレーション、担当者のメール・録音、重要事項説明書。「値上がり」「空室なし」「節税」の説明が、どの資料に、どう書かれていたか。
- 取消し・損害賠償を検討する 消費者契約法の適用と取消要件、民法上の詐欺・錯誤、説明義務違反等を資料に基づき確認する。売買の取消しだけで融資債務も当然に消えるとは限らない。期間制限に注意し、早めに弁護士へ相談する。
- サブリース契約を確認する 賃料の見直し条項、業者からの解約条項、免責期間。賃貸住宅管理業法の書面交付があったか。
- 売却の試算 査定額から仲介手数料等と残債を引き、税負担も見込む。手元資金が足りない場合の担保抹消・返済条件を金融機関と協議し、保有継続時の収支と比較する。
- 複数戸を持つ場合 各戸と全体の収支・借入・資金余力を確認する。追加購入による改善を勧められても、既存の損失が解消する仕組みと、増えるリスクを別に検証する。
- 次の勧誘を断つ 業者名を控え、「今後の勧誘を拒否する」旨を明確に伝え、記録する。再勧誘は宅建業法違反として行政に申告できる。
5 買う前に確認すること ― 投資として見るなら
投資用不動産そのものを否定はしません。買うなら、営業の話法ではなく、投資として見ます。
- 販売価格と市場価格 同じ物件・同等物件の中古市場価格を、業者以外の情報源で確認する。新築販売価格が市場価格を大きく上回っていれば、買った瞬間に含み損。
- 実質利回り 表面利回りではなく、空室・管理費・修繕・税金・原状回復を引いた実質利回り。借入金利を上回っているか。
- 出口を考える 売却時期・価格・費用・残債を複数の条件で試算する。すぐ換金できない場合の資金余力も確かめる。売却しにくいことと、保有中の収支が赤字であることは別に判断する。
- 独立した相談先で確認する 税額は税理士、契約・勧誘の問題は弁護士、価格や運用比較は適切な専門家に相談する。紹介料や業者との取引関係も確かめる。相談を妨げる説明があれば、契約を急がない。
- 検討の時間 「今日中に」は、それだけで断る理由。
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 勧誘の電話には、業者名と担当者名を控え、「今後の勧誘は拒否する」と伝えて切る
- すでに買っているなら、実際の収支と残債を自分で計算する
- 契約時の説明資料を保管し、断定的な説明がなかったかを確認する
- 投資の相談相手(業者と利害関係のない税理士・弁護士)を決めておく
やってはいけないこと
- 税負担の軽減だけを見て、投資全体の収支・費用・リスクを検討しない
- 物件を見ずに、業者の収支シミュレーションだけで買う
- 「もう一戸」で収支を改善しようとする
- 融資書類の収入・預金を業者の指示で書き換える
7 よくある質問
- すでに3戸買い、毎月の持ち出しが合計10万円を超えています。どうすればよいですか。
- 各戸の残債、売却時の税・費用、保有継続時の資金収支をそろえて比較します。月々の持ち出しには元本返済も含まれるため、その累計だけを投資損失とみなさないことが大切です。勧誘に問題があれば、取消し・損害賠償の要件と期間、融資契約への影響を弁護士と確認してください。
- 同じ大学の先輩医師から「自分も買っている」と勧められました。
- 先輩の契約条件・運用結果、紹介料等の利害関係を尋ね、業者と商品を別に調べてください。回答をためらったことだけで紹介料の受領を決めつけることはできません。サブリース事業者の依頼で契約の勧誘をしている場合は、紹介料の有無だけでなく行為の実質から「勧誘者」に当たるかを検討します。
- 医療法人の資金で投資用マンションを買うことはできますか。
- 個人の投資判断を、そのまま医療法人の資金に当てはめることはできません。運営管理指導要綱は投機的な資産運用を認めておらず、法人の種類、業務範囲、資金の目的、安全性、必要な決議等を検討します。社会医療法人の収益業務など制度上の違いもあるため、不動産取得を一律に同じ扱いにはできません。個人資金と法人資金は区別してください。
主な法令・参考資料
- 医療法
開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 民法
委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱
医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf
- e-Gov法令検索:借地借家法
建物賃貸借の更新・解約申入れ・借賃増減請求等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090 - e-Gov法令検索:消費者契約法
4条の取消し、9条の解約料・平均的損害、10条の不当条項等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC0000000061 - e-Gov法令検索:宅地建物取引業法
2条・35条。直接賃貸と代理・媒介、重要事項説明。
https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC1000000176 - 国税庁:不動産所得が赤字のときの他の所得との通算
No.1391。損益通算の対象と土地取得借入利子等の制限。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1391.htm - e-Gov法令検索:賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律
28〜30条。サブリースの広告・勧誘・契約前説明。
https://laws.e-gov.go.jp/law/502AC0000000060 - e-Gov法令検索:宅地建物取引業法施行規則
クーリング・オフ対象外の場所、勧誘行為の規制。
https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50004000012