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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第134講】

医師を狙う保険営業 ― 「節税になります」だけで契約しない

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第134講 医師を狙う保険営業― 「節税になります」だけで契約しない

第ⅩⅣ部 医師の資産・投資・プライベートウェルス

保険には、死亡・就業不能・賠償などのリスクに備える役割があります。貯蓄性を備えた商品もありますが、「節税」「退職金」「資産形成」という説明だけでは、契約の適否は判断できません。必要な保障、払える保険料、税引後の収支を分けて考えます。

この講では、法人保険の税務、必要な保障の選び方、募集時の説明と確認、既契約の見直しを整理します。第133講の紹介による契約でも、知り合いへの信頼と商品の評価は分けてください。

例えば、理事長が「年間保険料600万円、最高解約返戻率85%の法人保険で、退職金の準備と利益の圧縮ができます」と勧められたとします。税理士は、契約条件を見て答えました。「保険料の全額がすぐ損金になるとは限りません。所定の区分・期間に当たる契約なら、当期分600万円のうち360万円を資産に計上し、240万円を損金に算入します。解約時の税金と、退職金を実際に支給できる条件も一緒に見ましょう」。

1 「節税」を税引後の収支に置き換える

税金の時期と、契約全体の損益を分ける

保険料の損金算入は、その期の課税所得を減らします。一方、法人が解約返戻金を受け取れば益金が生じ、残っている保険積立金等の帳簿額の取崩しも計算に入ります。返戻金の全額に、そのまま税率を掛ければよいわけではありません。契約全体では、支払保険料、受取額、保障の価値、各期の税率・所得、資金拘束を合わせて判断します。

税金を将来に繰り延べる効果と、最終的に税負担が減る効果は別です。税率が同じでも、支払額と受取額などが異なれば増減税額が同額になるとは限りません。退職金との組合せを考える場合も、実際の退職、金額の相当性、必要な決議や支払資金を確認します。返戻率のピークに合わせるためだけに、税務上の退職を作ることはできません。

損金算入は制限されている

令和元年7月8日以後の契約で、保険期間3年以上、最高解約返戻率が50%を超える定期保険・第三分野保険などは、前払部分の資産計上が問題になります。最高解約返戻率が50%超70%以下なら所定期間の当期分保険料の40%、70%超85%以下なら60%を資産計上するのが基本です。この二つの区分では、原則として保険期間の最初の40%相当期間に資産計上し、75%相当期間の経過後から終期まで取り崩します。

最高解約返戻率が85%を超える区分では、所定の資産計上期間中、当期分保険料に最高解約返戻率の90%(契約開始から10年経過後は70%)を乗じて計上します。計上期間・取崩期間にも別の定めがあります。冒頭の85%ちょうどの例は、この「85%超」の区分ではありません。少額保険等の例外、受取人による給与扱い、短期払い・前払い等もあるため、返戻率だけで全額損金とは判断せず、契約ごとの年度別計算を税理士に依頼してください。

名義変更時の評価も確認する

法人から役員等へ保険契約の権利を移す場合、解約返戻金が低ければ同額で移せるとは限りません。所得税基本通達36-37では、対象契約の支給時解約返戻金が資産計上額の70%未満となる場合などに、資産計上額を基準とする評価が定められています。払済保険にも特則があります。譲渡対価、役員への経済的利益、法人側の税務、利益相反取引の手続を確認します。

2 医師に本当に必要な保険

保険目的と考え方
医師賠償責任保険診療に伴う賠償への重要な備え。個人・医療機関のどちらが被保険者か、勤務先の保険と重複・不足がないか、補償範囲、支払限度額、免責、事故報告・示談の条件を確認する。全医師に法律上の一律加入義務があるという意味ではない。
就業不能・所得補償働けない場合の本人の収入と、診療所の固定費への備えを分ける。公的給付、代診、手元資金も考慮し、就業不能の定義、免責期間、支払期間、精神疾患、所得との関係を確認する。
生命保険(死亡保障)家族の生活費・教育費、借入返済、相続時の資金等から必要額と必要期間を見積もる。定期・終身等の性質と費用を比較し、公的保障や既存資産との重複も考える。常に定期保険だけが適切とは限らない。
法人の事業保障理事長等の死亡による事業への影響、借入返済、承継・退職金の資金を検討する。法人の資金繰り、保障期間、解約時の手取額、退職金の支給条件を合わせて考える。
火災・施設賠償診療所の建物・設備、患者の院内での事故。賃借物件なら賃貸人との責任分担。
サイバー保険第105講。初動対応・復旧・通知・賠償・事業中断。
役員・従業員の不正従業員等の不正による損害への補償は、対象者・行為・発見時期などに条件がある。役員や親族による行為が除外される場合もあるため、約款を確認し、内部統制の代わりにしない(第113講)。

資産形成や相続の資金準備に保険を使う場合も、他の方法と保障・費用・換金性・税務を比較します。死亡保険金の「500万円×法定相続人の数」の非課税枠は、被相続人が保険料を負担していた死亡保険金を相続人が受け取る場合など、相続税法上の条件があります。受取人が相続人でない場合は適用されず、相続放棄した人の扱いにも注意が必要です。

3 保険業法が営業担当者に課しているもの

義務・禁止内容
意向把握義務(294条の2)顧客の意向を把握し、それに沿った提案・説明を行い、契約内容との合致を確認する。保障だけでなく、貯蓄性など商品に応じた意向も対象となる。税務上の希望があっても、実際の取扱いと契約内容を正確に説明する必要がある。
情報提供義務(294条)契約の内容、保険料、保障、解約時の扱い等、顧客が判断するために必要な情報の提供。
禁止行為(300条)虚偽の説明・重要事項の不告知、不利益を説明しない乗換え勧誘、保険料の割引・割戻し等の特別利益の提供などを禁止する。将来の配当等に関する断定的判断にも規制がある。税務上の発言すべてが、この断定的判断の規定に当然に該当するわけではない。
クーリング・オフ(309条)原則として、申込日と法定書面等を受け取った日の遅い方から8日以内に、書面又は電磁的記録で撤回等ができる。法人・事業のための契約や保険期間1年以下など、法定の例外がある。保険会社が期間を延ばしている場合もあり、対象と期限を契約資料で確かめる。
無登録募集の禁止(275条)保険募集を行える者は法令で限定され、募集人・代理店等には所定の登録が必要となる。医師による紹介でも、特定商品の説明・推奨など行為の実質によって募集に当たるかが問題になる。紹介料の有無だけでは決まらない(第133講)。

税務上の取扱いを誤って説明した場合、説明内容とその重要性に応じて、募集規制や民事責任が問題になります。ただし、説明の誤りから直ちに契約取消しや全損失の賠償が認められるわけではありません。契約時点の制度、資料、説明の記録、損害との因果関係を確認してください。

4 契約前に確認すること

保険に入る前の確認

  1. 目的を書く 誰のどのリスクに、いつまで、いくら備えるかを明確にする。税負担の軽減を期待する場合も、それだけで保険料の支払いや資金拘束を正当化しない。
  2. 必要な保障額を見積もる 既存の保障、資産、公的給付を差し引き、今後の変化も考慮する。過大・不足の両方を避ける。
  3. 損金算入の区分を税理士に確認する 最高解約返戻率と、当初期間の資産計上割合。「経費になる」の実額。
  4. 出口を設計する 解約・満期・死亡で受取額や税務がどう変わるか、年度別に試算する。退職金との組合せは、実際の退職時期と適正な支給額を前提にする。
  5. 保険料の資金繰り 年間の保険料を、法人が毎年払い続けられるか。払えなくなって中途解約すれば、返戻率の低い時期に損をする。
  6. 既契約との重複 同じ保障を二重に持っていないか。乗換えを勧められたら、既契約を解約することの不利益(返戻金の損、新契約の告知・免責期間)を確認する。
  7. 契約者・被保険者・受取人・保険料負担者 名義だけでなく、誰が実際に保険料を負担するかを確認する。組合せによって相続税・所得税・贈与税や法人税の扱いが変わる。
  8. 募集人の立場 どの保険会社の商品を扱えるか(一社専属か乗合か)、手数料の水準は商品によって違うか。医師会や同窓会での関係を、判断材料にしない。
  9. 決算日だけで急がない 契約の必要性、継続できる保険料、税引後の収支を検討する時間を取る。決算前の契約というだけで不適切とも、適切とも決まらない。

5 入ってしまった保険の見直し

  • 一覧を作る 法人・個人のすべての保険について、契約者・被保険者・受取人・保険料・保障内容・解約返戻金の推移・損金算入の区分。
  • 目的のない保険を見つける 「なぜ入ったか」を答えられない保険。
  • 解約・払済・減額を比較する 受取金、残存帳簿額、追加保険料、税金、保障の減少を合わせて計算する。払済への変更にも税務上の損益が生じる場合があり、変更可能かどうかも契約による。乗換えは新たな告知や加入条件を確認してから判断する。
  • 今後の必要資金と照らす 退職・承継の予定や経営資金と返戻金の推移を比べる。返戻率のピークだけで決めず、実際の退職と適正な退職金の条件を守る。
  • 説明の記録を確認する 契約時に「全額経費になる」等の説明があり、それが事実と違うなら、募集人・保険会社への申出、金融ADR、損害賠償の検討。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 法人・個人の保険の一覧を作り、各契約の目的を一言で書く
  • 法人契約の保険について、損金算入の区分と出口の設計を税理士に確認する
  • 医師賠償責任保険・就業不能保険の保障内容を確認する
  • 「節税になります」と言われたら、「いくらが損金になり、出口でいくら益金になるか」を書面で出してもらう

やってはいけないこと

  • 税額の減少だけを見て、保障・保険料・出口の収支を検討せず契約する
  • 決算前に、目的のない法人保険に入る
  • 出口の設計なしに、高い返戻率の保険に入る
  • 医師会・同窓会で知り合った募集人であることを、商品の判断材料にする

7 よくある質問

役員退職金の準備に法人保険を使うのは、合理的ですか。
死亡保障と資金準備を併せて必要とするなど、合理的な場合があります。ただし、保険なしで積み立てる方法とも比較してください。途中解約の不利益、資金拘束、税引後の手取額、退任時期が変わる可能性を確認します。退職金の損金算入は、実際の退職や金額の相当性等を満たすことが前提です。
個人で入っている変額保険や外貨建て保険は、資産形成として有効ですか。
保障と運用を組み合わせる必要性があるかを検討します。変額保険は運用実績、外貨建て保険は為替の変動等で損失が生じ得ます。保障のための費用、運用費用、為替手数料、解約控除等を確認し、保障と投資を別々に持つ場合と比較してください。最低保証の有無・範囲も契約ごとに違い、商品名だけで有利・不利とは決まりません。
募集人から「先生の場合、税務署は問題にしません」と言われました。
その発言だけで税務署の判断が保証されることはありません。具体的な根拠と前提を文書で示してもらい、税理士に確認してください。一般的な税制の情報提供と、税理士法上の税務相談等を業として行うことは区別が必要です。発言の記録は残し、契約判断に影響した誤説明があれば保険会社や弁護士に相談します。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  2. 日本医師会:日本医師会医師賠償責任保険制度

    日医医賠責保険と特約の概要。適用は加入区分、保険期間、約款等による。

    https://www.med.or.jp/doctor/sonota/sonota_etc/003368.html
  3. 国税庁:相続税の課税対象になる死亡保険金

    No.4114。保険料負担者・受取人と相続税の取扱い。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm
  4. 国税庁:役員が分掌変更した場合等の退職金

    No.5203。退職の実態と職務変更、法人税上の取扱い。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5203.htm
  5. e-Gov法令検索:保険業法

    保険募集の主体、情報提供、意向把握、禁止行為、撤回等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/407AC0000000105
  6. 金融庁:保険会社向けの総合的な監督指針(II-4)

    保険募集と募集関連行為の区別、募集管理態勢。

    https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/ins/02d.html
  7. 国税庁:定期保険及び第三分野保険の保険料の取扱い

    No.5364。契約内容・受取人等による取扱い。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5364.htm
  8. 国税庁:定期保険及び第三分野保険の保険料(相当多額の前払部分が含まれる場合)

    No.5364-2。令和元年7月8日以後契約分の資産計上・取崩し。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5364-2.htm
  9. 国税庁:所得税基本通達・給与等とされる経済的利益の評価

    36-37。保険契約等に関する権利の評価。

    https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/04.htm

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