ホーム ─ 連載コラム ─ 税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ─ 第15講

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第15講】

定款の一行が数千万円を動かす ― 払戻条項の設計と限界

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第15講】

15第Ⅲ部 清算金編第15講

定款の一行が数千万円を動かす
― 払戻条項の設計と限界 ―

持分払戻しの金額は、法人財産の評価だけでなく、定款・合意の文言と効力にも左右されます。ただし、「出資額を限度とする」と書けばどの法人でも当然に有効になるわけではありません。本講では、どの計算部分を変更するのか、誰のどの時点の権利に効くのかを分けます。

残る側にとって、この問いには2つの意味があります。ひとつは、いま争っている脱退について、自分の法人の定款が何を定めているかを読み解くこと。もうひとつは、次の脱退に備えて、定款に何を書いておくべきかを知ることです。第15講は、監査法人と医療法人の裁判例を素材に、定款による払戻しの設計とその限界を扱います。

1 定款自治の範囲 ― 611条をどこまで動かせるか

持分会社の内部関係については、会社法が定款による別段の定めを広く許しています。損益分配の割合は定款で定められ、定めがなければ出資の価額の割合によります(会社法622条)。任意退社の予告期間や時期も、定款で別段の定めができます(606条2項)。士業法人にもこれらは準用されており、社員間の取決めを定款に書き込む余地は、株式会社よりはるかに広い。

611条には、606条2項のような明文の変更許容規定はありません。定款等で払戻しの方法を定めることと、内部関係だから無制限に請求権を奪えることは別です。日税連「税理士法人の手引」(第6版、令和5年5月)の定款記載例・解説と、大塚龍児「人的会社社員の出資義務と退社員の持分払戻」(1989年)131〜132頁の内部関係に関する議論は、別段の合意を検討する資料になります。ただし、大塚論文は旧商法下の研究であり、現行611条のあらゆる変更を有効とした根拠ではありません。

評価基準、評価手順、支払期限・分割方法等は、出資・分配との整合と合理性を明らかにして定めます。大幅減額や剥奪、退社を実質的に不可能にする条項は、民法90条・信義則、606条3項の退社権、条項の目的と制裁の程度を別に検討します。社員間の合意だけで債権者への責任や源泉徴収義務を免れることもできません。

定款で定めることが考えられる項目は、大きく次の4つです。

  • 算定基準――時価純資産か、簿価純資産か、出資額を限度とするか。のれんを含めるか。
  • 基準日――脱退の効力発生日か、直前の決算日か。
  • 支払方法――一括か分割か。分割なら回数・期間・利息。
  • 特別な場合の扱い――死亡時、除名時、定款違反があった場合の減額など。

2 監査法人の事件と、既に生じた権利への定款変更の影響

第12講で触れた東京地裁令和3年6月24日判決(金融・商事判例1626号34頁)の事案は、定款の観点からも教訓に富んでいます。この監査法人の定款には、脱退時の持分払戻しについて具体的な算定方法を定めた規定がありませんでした。そのため、裁判所は会社法611条2項の原則に戻り、脱退時の法人財産の状況に従って払戻額を算定しました。

定款変更では、①変更に必要な同意等、②変更内容の有効性、③誰のどの時点の権利に適用するかを分けて検討します。変更への同意が得られるかという問題と、変更の法的効力は分けて検討します。

紛争後の変更が常に無効というわけではありません。ただし、適法に定款を変更したことと、既に脱退によって生じた個人の払戻請求権を遡って減額できることは別です。既発生債権を変更するなら、その権利者との和解・債務減免等の合意と効果を明確にし、変更前後の条文、決議・同意、効力日を残します。

3 事件に学ぶ② 医療法人 ― 「出資額に応じて」の一言の重さ

定款に払戻しの条項があっても、その文言の解釈で結論が大きく変わることを示したのが、最高裁平成22年4月8日判決(民集64巻3号609頁)です。

事案は医療法人社団を退社した社員の出資払戻請求で、定款には、退社した社員は「その出資額に応じて」払戻しを請求できる、という定めがありました。この一言をどう読むかが争われたのです。法人側は、払戻しは出資した額を返すという意味だと主張しました。社員側は、退社時の法人財産の評価額に、出資割合を乗じた額を請求できるという意味だと主張しました。

最高裁は、後者の読み方――いわゆる出資割合説――を採りました。「出資額に応じて」とは、退社時における法人財産の評価額に、総出資額のうちその社員の出資額が占める割合を乗じた額の返還を認める趣旨だ、と判断したのです。あわせて、事情によっては権利濫用として請求が制限される余地にも言及しています。

この医療法人判決は、具体的な定款の文言と制度を踏まえた解釈です。士業法人でも、「出資額に応じて」と「出資額を上限とする」は同じ意味ではありませんが、医療法人での出資割合説を、異なる定款・準用法の下へ自動的に移すことはできません。

実際に採用した定款の文言を確認します。「出資額に応じて」という割合の定めと、「出資額を限度とする」という上限の定めは同じではありません。他の条項、加入時の説明、合意の経緯を含めて解釈します。

4 除名と払戻しを結びつける条項

定款で「除名された社員は持分の払戻請求権を失う」と定めることはできるでしょうか。日本税理士会連合会の「税理士法人の手引」は、この種の定めを有効とした裁判例として、東京高等裁判所昭和40年9月28日判決(下級裁判所民事裁判例集16巻9号1465頁)を引用しています。旧商法下の合名会社に関する判決ですが、除名という制裁に払戻しの剥奪を結びつける定款の効力を認めたものとして、実務上参照されています。

除名時の払戻請求権を剥奪する条項については、除名の適法性、実際の損害との関係、減額の幅、既に配分された利益への影響を個別に検討します。損害賠償債権を成立・立証させて相殺する構成とは区別してください。

また、令和元年最高裁判決が「定款に別段の定めがある」場合を留保していることから、債務超過時の超過損失支払義務(第14講)についても、定款で社員の負担を出資額に限る定めを置くことが考えられます。これは脱退する側に有利な定めですが、社員を迎え入れるときの安心材料として、あえて置く法人もあります。

5 自分の定款を診断する ― 7つの確認点

残る側は、相手との交渉に入る前に、自分の法人の定款を次の7点で読んでください。定款の現物が手元になければ、税理士会・社労士会への届出書類か、設立時の司法書士の控えで確認します。

確認点 定めがない場合の原則 定めがある場合の読み方
①払戻しの算定基準脱退時の法人財産の状況=時価(第12講)「出資額を限度」か「出資額に応じて」か。後者は出資割合説で時価計算になり得る(最判平22・4・8)
②のれんの扱い営業継続を前提とした価額の中で争点になる(第13講)「純資産額による」とあれば、のれんを含むか否かが解釈問題になる
③基準日脱退の効力発生日(除名は提訴時)「直前の決算期の貸借対照表による」等の定めがあれば、その期の数字で固定される
④支払方法定めなし(一括請求され得る)分割払いの回数・期間・利息の定めがあれば、資金繰りの根拠になる
⑤損益分配の割合出資の価額の割合(会社法622条)労務出資の評価や貢献に応じた割合の定めがあれば、持分割合の計算に影響(補講②)
⑥死亡時の扱い相続人に払戻請求権(第10講)生命保険・退職慰労金との関係、分割払いの定めがあるか
⑦除名・義務違反時の扱い払戻しあり(損害賠償との相殺は別途。第16講)剥奪条項か減額条項か。剥奪は効力を争われる余地がある

自法人の定款と社員間契約を、①から⑦の順に照合します。「一般に定めがない」「モデル定款だから同じ」と推測せず、改訂履歴を含む現物を確認します。

6 これから直すなら ― 手続・内容・適用時期を分ける

税理士法48条の13、社労士法25条の14により、定款に別段の定めがなければ総社員の同意が必要です。平時に整える方が将来の立場を対称に考えやすいものの、紛争が始まった後も、適法な手続と権利者の合意により解決条項を定める余地はあります。

その時期であれば、双方にとって公平な設計が可能です。誰が辞める側になるか分からない以上、時価と出資額の間のどこに基準を置くか、のれんをどう扱うか、分割払いの期間をどうするかを、お互いが「自分が辞める側になっても納得できるか」という視点で決められます。そして、社員を新たに迎えるときは、その社員の加入と同時に定款と社員間契約を整えるのが最も自然なタイミングです(第4講の後任確保、第10講の3人体制と、この設計は一体です)。

定款に書くべき条項の全体像は、第28講で15項目に整理します。本講で扱った払戻しの算定基準・基準日・支払方法・特別な場合の扱いは、その中でも最も金額に直結する4項目です。

残る側の視点で押さえておくこと

定款の設計では、算式、基準日、支払方法だけでなく、適用される社員と時期を明記します。内部関係だから全て自由とせず、既発生の払戻請求権、強行的な規律、債権者への責任を分けて検討してください。

次回 第16講「相殺という反撃 ― 義務違反の損害賠償と持分払戻しのぶつけ方」では、相手の在任中の競業や引抜きによる損害賠償請求権を、払戻債務と相殺する技術と、脱退ルートごとの基準時の戦略を扱います。


【本講で引用した主な法令・裁判例・資料】税理士法48条の13・48条の21/社会保険労務士法25条の14・25条の25/会社法606条・611条・622条/最高裁平成22年4月8日判決(民集64巻3号609頁)/最高裁令和元年12月24日判決(民集73巻5号457頁)/東京地裁令和3年6月24日判決(金融・商事判例1626号34頁)/東京高裁昭和40年9月28日判決(下民集16巻9号1465頁。日本税理士会連合会「税理士法人の手引」の引用による)

↑ この講の目次へ戻る

【補充文献】日税連「税理士法人の手引」令和5年5月・第6版(定款記載例と持分払戻しの解説)/大塚龍児「人的会社社員の出資義務と退社員の持分払戻」北大法学論集39巻5・6号上(1989年)105〜132頁、特に131〜132頁。

税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 目次へ戻る