『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【補講②】
出資ゼロでも無限責任
― 「名ばかり社員」と労務出資・信用出資の紛争 ―
「法人化するから、社員になってくれないか。出資はいらない。今の給料も保証する。名前を貸してくれるだけでいい」。
金銭を出さずに社員になる提案を受けた場面を考えます。金銭出資がないことと、権利・責任がないことは別です。加入する側も迎える側も、定款上の出資の内容、報酬、分配、払戻しを具体化してから判断する必要があります。
1 出資の法構造 ― 「出資ゼロの社員」は存在できない
税理士法48条の8第3項5号・社労士法25条の11第3項5号は、「社員の出資に関する事項」を定款の必要事項としています。会社法576条をそのまま準用しているわけではありません。金銭出資がない場合にも、労務等の出資内容と評価を明らかにします。記載不備がある現実の法人について、記載がないという一点だけから社員関係が存在しないと即断してはいけません。
では「出資はいらない」と言われた社員の定款には何が書かれるのか。実務の答えは、ごく少額の金銭出資(1万円など)か、次節で見る労務出資・信用出資です。どちらの場合でも、その社員は間違いなく「出資をした社員」であり、社員としての権利義務――業務執行権、議決への参加、そして無限連帯責任――を全部持ちます。「名前だけ」という言葉から想像される、責任のない名誉職のような地位は、この法人制度のどこにもありません。
2 労務出資・信用出資はなぜ認められるのか
株式会社では、出資は金銭その他の財産に限られます。ところが税理士法人・社労士法人では、労務(これから働くこと)や信用(名声・信用力)を出資の目的にできるとされています。なぜか。理屈は二段構えです。
会社法576条1項6号は、持分会社の有限責任社員の出資を金銭等に限りますが、無限責任社員にはその限定を置いていません。士業法人ではこの条文の直接準用ではなく、各士業法の出資事項の規定と制度構造を確認します。日税連「税理士法人の手引」第6版19頁は、金銭・現物・労務・信用の出資を挙げ、労務・信用出資を資本金に計上しないと説明しています。債権者の引当ては法人財産でもあり、「社員の個人資産だけが引当て」という意味ではありません。
つまり、「金は出さない。腕で貢献する」という昇格は、労務出資という形で適法に設計できるのです。問題は、適法に設計できることと、紛争なく運用できることが別だという点にあります。以下、3つの火種を見ます。
3 火種① 評価の曖昧さ ― 分配も払戻しも基準を失う
労務出資の定款記載で決定的に大事なのが、「評価の標準」――その労務出資をいくらと見るか――です。ここを曖昧にすると、法人運営の2つの基幹計算が同時に壊れます。
1つ目は損益分配です。定款に分配の定めがなければ、損益は出資の価額に応じて分配されます(会社法622条の準用)。労務出資の価額が決まっていなければ、この計算はできません。2つ目は持分払戻しです。脱退した社員の持分は、出資の種類を問わず金銭で払い戻すことができ(会社法611条3項)、労務出資の社員にも払戻請求権があります。しかし、その持分の割合を計算する基礎となる出資の評価が曖昧なら、払戻額の争いは、時価純資産やのれんの評価(第12・13講)に入る前の、もっと手前で紛糾します。
設例として、Aが金銭1,000万円、Bが労務を出資したものの、Bの評価が定款で明確でない場合を考えます。「金銭を出していないからゼロ」「7年間働いたから半分」のいずれも、直ちに結論にはなりません。まず、加入時の説明・契約・議事録、従前の利益分配、報酬の性質、予定した労務の内容・期間・履行状況、双方の合意の経緯を調べます。
評価が未定の場合には、①加入時に約束した労務・信用の内容、②評価時点と履行済み部分、③比較できる資格者の労務対価、④既に支給した報酬との関係、⑤金銭出資者との分配合意を手掛かりに、複数の算定を示します。将来働く予定の全額を既にある法人資産として足したり、支払済み給与を機械的にもう一度出資と数えたりしません。労務の出資評価、損益分配割合、脱退時の法人財産の評価は別の段階です。
大塚龍児「人的会社社員の出資義務と退社員の持分払戻」(北大法学論集39巻5・6上号、1989年)131〜132頁は、労務出資社員の払戻しを財産出資元本とは異なる観点から論じています。旧法下の学説研究であり、現行の士業法人の一定割合を自動的に決める根拠ではありません。上記資料で合意の内容を復元し、争いが残る部分を特定したうえで評価合意・和解又は裁判上の主張を組み立てます。将来に向けては、評価額又は評価標準、分配、払戻しを整合させて記載します。
4 火種② 出資と権限の非対称 ― 200対1でも対等
出資構成を巡る2つ目の誤解は、「たくさん出資した方が偉い」というものです。株式会社の常識は、ここでは通用しません。
出資額が大きいだけで、当然に議決権が比例して増える制度ではありません。税理士法人では各社員が業務執行の権利義務を持ち、社労士法人では25条の15第1項の定款による別段の定めも確認します。社員の過半数で決める事項と、別段の定めがない場合の総社員の同意による定款変更を区別します。2名の場合も、すべての行為について同じ拒否権があるというわけではありません(第5講)。
代表社員を指定することと、その代表社員の権限に内部制限を加えることは違います。善意の第三者への対抗制限は後者の問題です。前者では指定・登記、実際の代理権、外観等を別に確認します。代表権と内部の業務決定の両方を設計してください(第5講)。
5 火種③ 名ばかり社員の責任 ― 昇格前チェックリスト
そして3つ目が、本補講の表題です。経営に関与せず、出資も名目的な「名ばかり社員」にも、法律は満額の責任を用意しています。
第一に、法人債務への補充的な連帯責任です。税理士法人には会社法580条1項等、社労士法人には25条の15の3が適用されます。出資の少なさや「名前だけ」の合意で、債権者への法定責任を免れるわけではありません。ただし、社労士法人の紛争解決手続代理業務に係る債務には特定社員の特則があるため、債務の種類も確認します(補講③)。
第二に、税金の第二次納税義務。国税徴収法33条は、合名会社等と並べて税理士法人・社会保険労務士法人などの士業法人を条文で明文列挙し、法人が国税を滞納して徴収不足になる場合には、その社員が第二次納税義務を負うと定めています。法人の滞納税金が、社員個人に降ってくるルートです。
第三に、脱退登記前の債務について残る責任です。612条では、登記後2年内に請求又は請求の予告をしなかった債権者に対して責任が消滅します。2年内の請求等がある場合や、別途の個人保証を含めて一律2年で免責されるわけではありません(第3講)。
誘われている側は、返事の前に次を確認してください。逆から読めば、迎え入れる側が誠実に開示すべき項目の一覧でもあります。
表1 昇格前チェックリスト(社員に誘われたら確認する8項目)
| 確認項目 | 見るべき点 |
|---|---|
| ① 直近3期の決算書・内訳書 | 債務超過でないか。役員貸付金・仮払金など不明朗な科目はないか |
| ② 借入・リース・保証の一覧 | 加入前の法人債務への責任も確認(会社法605条等)。保証、簿外債務、係争、返済条件を調べる |
| ③ 税金・社会保険料の滞納の有無 | 第二次納税義務の実弾になる。納税証明書で確認 |
| ④ 自分の出資の内容と評価 | 金銭か労務か。労務なら評価額が定款に書かれるか(本講第3節) |
| ⑤ 定款の払戻条項・損益分配条項 | 辞めるときの計算式が書かれているか(第28講【2】【10】) |
| ⑥ 脱退の条件 | 予告期間・時期の定め。辞めたくなったときの出口の広さ(第6講) |
| ⑦ 個人保証の有無 | 社員の法定責任と別に、保証の範囲・期間・解除条件を確認する(第3講) |
| ⑧ 万一に備える保険 | 税理士職業賠償責任保険等の付保状況と、社員個人のカバー範囲 |
説明だけでなく、定款、決算書、契約書、税務資料等を確認し、未開示・未確定の事項を記録します。回答への印象だけで、実際の債務と条件の確認を代替しないことが必要です。
6 課税の落とし穴 ― 労務出資と「資本金等の額」
定款上の労務の評価額、会計上の資本金、税務上の資本金等の額は異なります。金銭・財産の実際の拠出、資本取引、利益分配をたどり、労務の評価額を当然に非課税の返還元本としないことが出発点です(第17講)。
高橋正朗「労務出資等に関する法人税法上の取扱いについて」(税務大学校論叢62号、2009年)451〜452頁は、純粋な労務出資社員への交付に元本返還部分はなく、全額を剰余金の分配とする著者の整理を示します。これは「ほぼ全額がみなし配当」という説明と課税の構成が異なります。同論文の455〜462頁には制度上の問題提起・提言もあり、研究者の見解を現行通達や実務全体の統一処理と同一視できません。金銭出資を併有するケースではその部分を区分し、普通配当、みなし配当、報酬その他の対価のどれに該当するかを事実に即して整理します。
交渉資料には、額面、配当の構成、源泉税、相殺、振込額を区分し、最終税額は課税年と他所得・控除を固定して試算します。源泉税率から最終手取りは決まりません。解釈が分かれる取扱いは、照会する事実・算式を明確にして確認し、採用理由を残します。持分払戻しを退職慰労金へ名目だけで置き換えることもできません(第17講)。
7 出資構成は、将来の紛争の設計図
出資・分配・権限は加入前に明確にしておくべき事項ですが、紛争後にも、資料による合意内容の確認や和解による精算はできます。後日の定款変更だけで既存の請求権を減らすことと、当事者がその権利について和解することを区別します。
加入を検討する段階では、実際の出資内容、報酬、分配、払戻し、法人債務、個人保証を同じ資料で説明します。既に加入している場合も、記載の不足と認識の違いを確認し、将来の取扱いを整えてください。
本補講の要点
金銭出資がないことは、社員の責任がないことを意味しません。労務出資では、約束した内容、評価、履行、報酬、分配、払戻しを区別します。退社後の責任は612条と特則・個別保証を確認し、課税は定款評価額だけで判断せず、第17講の区分に沿って試算してください。
【本講で引用した主な法令・資料】税理士法48条の8第3項5号・48条の11/社会保険労務士法25条の11第3項5号・25条の15/会社法576条1項6号・580条1項・605条・611条3項・612条・622条(税理士法48条の21・社会保険労務士法25条の25による準用)/国税徴収法33条/日本税理士会連合会「税理士法人の手引」/税務大学校論叢62号(労務出資と資本金等の額に関する研究)/所得税法25条1項6号・181条・182条
【補充資料】日税連「税理士法人の手引」第6版19頁/大塚龍児「人的会社社員の出資義務と退社員の持分払戻」北大法学論集39巻5・6上号(1989年)105〜132頁、特に131〜132頁/高橋正朗「労務出資等に関する法人税法上の取扱いについて」税務大学校論叢62号(2009年)451〜452頁・455〜462頁。