第31講承継・退出・再発防止
創業者が手を放すまでの、権限の渡し方
株式・役職・生活・保証の承継
この講の結論
親から子への事業承継をめぐる内紛は、「社長を譲った」という一つの出来事の中に、株式と議決権、取締役会や代表権といった機関の構成、実印や銀行口座や情報の管理、金融機関に対する個人保証、そして親の生活費と子の裁量という、性質の異なる複数の問題が束ねられているために起きます。肩書の交代だけでは承継は完了せず、逆に肩書を譲っても株式が親の手元にあれば、法律上の支配権は親に残っています。整理の順序は次のとおりです。まず、現在の権限配置を法的な権限と事実上の管理に分けて確認します。次に、定款の拒否権や属人的な定めを確かめます。そのうえで、役員の交代と費用、生活保障と個人保証、贈与や判断能力や相続との接続を検討し、移行の対象ごとに条件と時期と完了を示す資料を合意します。親の安心と後継者の裁量を両立させるには、日常業務への介入と重要事項の協議を区別し、口約束ではなく本人の意思を確かめた書面で残します。
現在の権限配置を確認する
親子の内紛には、いくつかの型があります。親が株式の多数を持ち、子が代表取締役である場合、法律上の支配権は親にあり、親は株主総会で子を解任できます。子が株式を持ち、親が代表取締役として残っている場合、子は総会で親を解任できますが、日常の業務は親が握っています。法律上の権限は子に移っているのに、実印、銀行の届出印、主要な取引先との関係が親に残っている場合、子は登記上の代表者でありながら会社を動かせません。どちらが正しいかという議論を始める前に、株式の取得の経緯と現在の株主名簿、定款、役員の選任と代表者の選定の記録を確認し、法律上の権限と事実上の管理を別々の表に書き出します。第2講で扱ったとおり、株式の過半数を持っていても、解任や選任には適法な招集と決議が必要であり、子が株式を持たないというだけで、適法に選任された代表者としての正当性が否定されるわけではありません。
株式の帰属自体が曖昧なことも少なくありません。創業時に親族の名義を借りた名義株、贈与したつもりで名義書換をしていない株式、相続で準共有になったままの株式は、承継の設計を始める前に確定させておかなければ、後になって議決権の数え方(第14講)をめぐる争いに発展します。関連連載の非上場株式27講が扱う株式の帰属と評価の問題は、この講の前提です。
拒否権と種類株式
持株の割合だけでは権限配置が分からない仕組みが、会社法にはいくつかあります。株主総会や取締役会の特定の決議事項について、その種類の株主による種類株主総会の決議を必要とする拒否権付種類株式(108条1項8号)、取締役や監査役の選任を種類株主総会で行う役員選任権付種類株式(同項9号。公開会社と指名委員会等設置会社は発行できません。同項ただし書)、そして公開会社でない会社が、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権について株主ごとに異なる取扱いをする旨を定款で定める属人的定め(109条2項)です。親が1株だけ拒否権付種類株式を残して定款変更や事業譲渡を止められるようにする、あるいは属人的定めで親の議決権を株式数と無関係に厚くするといった設計は、実際に使われています。
これらは、対象となる事項、権利者、変更や消滅の条件を定款で確認しなければ分かりません。種類株式の内容は登記事項ですが(911条3項7号)、属人的定めは種類株式とみなして会社法の規定が適用されるにもかかわらず(109条3項)、登記されません。「仕組みは必ず登記に出る」と考えず、現行の定款と変更の履歴を確保します。属人的定めを設けたり変更したりする定款変更には、総株主の半数以上であって総株主の議決権の4分の3以上の賛成という特殊決議が必要です(309条4項。廃止は除かれ、通常の特別決議で足ります)。ただし、廃止の決議も属人的定めによって厚くなった親の議決権のもとで行うことになるため、後継者が株式数で過半数を得ても、この定めを外せるとは限りません。予防の仕組みとして使う場合も、火種になる場合も、内容と解除の条件を最初に確かめます。
役員の交代と費用
役員の交代は、株主総会の決議による解任か、任期満了時の再任拒否か、辞任かによって進めます。任期の途中で解任された取締役は、解任に正当な理由がある場合を除き、会社に対して解任によって生じた損害の賠償を請求でき(339条2項)、その額は残りの任期中に得られたはずの報酬相当額が中心になります。正当な理由が認められた例には、持病が悪化して療養に専念することになり職務の遂行に支障がある場合(最判昭和57年1月21日判時1037号129頁)などがありますが、経営方針の対立だけでは正当な理由とはされにくく、任期の長さと報酬の額によっては相当な負担になります。任期満了時に再任しない方法なら賠償の問題は生じませんが(任期を短縮する定款変更で退任させる場合は解任と同視されるおそれがあります)、退任によって法律または定款で定めた員数を欠く場合には後任が就任するまで権利義務取締役として地位が続くこと(346条1項)、使用人を兼務している場合の雇用契約、会社との間の契約や貸借が別に残ることを確認します(第7講、第21講)。
代表取締役の解職と取締役の解任は別の手続です(第8講)。親を会長や相談役として残す場合には、それが取締役としての地位なのか、単なる呼称なのか、代表権を持つのかを明確にし、権限の範囲を規程や契約で定めます。代表取締役を複数置く場合、各自が単独で会社を代表するのが原則で(349条4項参照)、旧商法にあった共同代表の制度は会社法で廃止されています。社内で「重要な契約は親子の連名で決裁する」という取決めをしても、それは対外的な代表権の制限にはならず、善意の第三者に対抗できません(同条5項)。
生活保障と個人保証
創業者が退く条件として現実に問題になるのは、退いた後の生活費です。使えるのは、株主総会の決議を経た退職慰労金、実際の役務に見合う顧問契約などの役務提供契約、配当の方針、株式を後継者や会社に譲渡する場合の代金です(第21講)。勤務や役務の実体がない報酬を「生活費の代わり」として支払う方法は、会社法上は職務の対価とはいえず、税務上は損金に算入されない役員給与として否認されるおそれがあり、他の株主がいれば利益移転として争われます。承継の設計では、親の生活に必要な額を先に把握し、それを適法な形でどう賄うかを組み立てます。
株式と役職を手放しても、金融機関に対する個人保証は自動的には消えません。保証は金融機関との契約であり、親子の間で「今後は後継者がすべて負担する」と合意しても、金融機関を拘束しません。保証の解除や後継者への変更には金融機関の同意が必要で、借換えや担保の差替えを伴うこともあります。この点については、経営者保証に関するガイドラインと、事業承継に焦点を当てたその特則が、前経営者と後継者の双方から保証を求める二重徴求を原則として行わないこと、前経営者の保証の解除を検討することなどを金融機関に求めており、法的な拘束力はないものの、交渉の基礎になります。ガイドラインが保証に依存しない融資の要件として挙げるのは、法人と経営者との関係(資産、経理、資金のやり取り)の明確な区分・分離、法人のみの資産や収益力で返済できる財務基盤、金融機関への適時適切な財務情報の開示の三つで、承継の準備はこの三つを整える作業でもあります。なお、事業のために負担した貸金等債務について個人が保証する場合には公正証書による保証意思の確認が必要ですが、取締役や議決権の過半数を持つ株主などが保証する場合はその対象外です(民法465条の6、465条の9)。後継者が株式も役職も得ていない段階で保証を引き受ける場合、後継者は取締役でも過半数株主でもないため公正証書による意思確認の対象となり、手続上の保護はあるものの、会社の支配権を持たないまま責任だけを負う状態であることに変わりはなく、承継の順序として避けるべきです。
贈与・判断能力・相続
親から子への株式の移転が贈与で行われる場合、書面によらない贈与は、履行の終わった部分を除いて各当事者が解除できます(民法550条)。株式の贈与では、株券発行会社では株券の交付が、株券不発行会社では株主名簿の名義書換が、履行の終了を判断する目印になります。「贈与した」と言いながら名義書換をしていない株式は、書面がなければ親から解除される危険が高く、書面があっても贈与の事実自体を争われます。逆に、書面で贈与し、譲渡承認と名義書換まで済ませた株式は、親子関係が悪化したという理由だけでは戻りません。負担付きの贈与や、後継者が経営を続けることを条件とする贈与では、条件の内容と、条件が満たされなかった場合の効果を契約で定めます。「一度約束したからいつでも取り戻せる」「渡した株はどんな事情でも戻らない」といった断定はどちらも正確ではなく、契約書と意思表示の内容によります。株式の贈与には贈与税が課され、その納税を猶予・免除する事業承継税制の特例措置を使うには、都道府県への特例承継計画の提出(提出期限は令和9年9月30日まで延長されています)と、令和9年12月31日までの贈与または相続という期限があります。
親の判断能力が低下した場合、すべての法律行為が一律にできなくなるわけではありません。意思能力を欠く状態でした法律行為は無効ですが(民法3条の2)、意思能力の有無は行為ごとに判断されます。成年後見が開始すれば、後見人が財産を管理し、本人の行為は取り消せるようになりますが、株式の議決権の行使や贈与を後見人がどこまでできるかは本人の利益の観点から制約があり、後継者である子が後見人になっている場合、子への株式の贈与や譲渡のように本人と後見人の利益が相反する行為には、特別代理人の選任(後見監督人がいればその監督人による代理)が必要になります(民法860条、826条、851条4号)。成年被後見人でも取締役に就任することはでき、その場合は成年後見人が本人(後見監督人がいるときは本人と後見監督人)の同意を得たうえで、本人に代わって就任を承諾します(会社法331条の2第1項)。判断能力に不安が出てからでは選べる手段が限られますから、任意後見契約や、議決権の行使に関する取決めを、本人が元気なうちに整えておきます。
親が亡くなれば、株式は相続の対象になり、遺言がなければ遺産分割までは相続人の準共有となって、権利行使者を定めて会社に通知しなければ、原則として議決権を行使できません(会社法106条、第14講)。定款に相続人等に対する売渡請求の定めがあれば、会社は相続を知った日から1年以内に、譲渡制限株式を相続した相続人に対して株式の売渡しを請求できますが(174条、176条1項)、その総会決議では売渡請求を受ける相続人は議決権を行使できず(175条2項。相続人以外に議決権を行使できる株主がいない場合を除きます)、後継者以外の相続人から株式を集める手段にも、逆に後継者が排除される手段にもなります。遺言で後継者に株式を集中させても、他の相続人には遺留分があり(民法1042条)、遺留分侵害額の請求(1046条)を受ければ金銭で清算しなければなりません。経営承継円滑化法の民法特例(推定相続人と後継者の全員が書面で合意し、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を経て効力を生じる除外合意・固定合意)や、生前の株式の買取り資金の準備は、承継の設計と同時に進めます。
権限移行表
承継の合意は、対象ごとに、何を合意するのか、完了を何で示すのかを表にして管理します。
表は横にスクロールできます。
| 対象 | 合意すること | 完了を示す資料 |
|---|---|---|
| 株式・議決権 | 移転する株式の数と時期、対価と税務、拒否権や属人的定めの範囲と解除の条件 | 贈与・譲渡契約、譲渡承認の記録、株主名簿、現行定款 |
| 役職・任期 | 代表者の交代、取締役会の構成、会長・相談役の地位と権限、任期 | 総会・取締役会の議事録、就任承諾書、登記事項証明書、権限規程 |
| 報酬・生活 | 退職慰労金の額と決議、顧問契約の役務と報酬、配当の方針、期間、財源 | 株主総会決議、契約書、支払記録 |
| 保証・担保 | 保証の解除・変更、担保の差替え、金融機関の同意を得る時期、得られない場合の扱い | 金融機関の書面(保証解除の承諾、変更契約) |
| 業務・情報 | 銀行の届出印と口座の権限者、実印、ITシステムの管理者権限、主要取引先への挨拶と引継ぎ | 引継ぎ記録、権限変更の届出控え、パスワード等の管理記録 |
各行に担当者と予定日を付け、条件が満たされなかった場合にどうするか(たとえば金融機関が保証解除に応じなければ株式の移転を延期するのか、代替の担保を入れるのか)をあらかじめ決めておきます。親の安心と後継者の裁量を両立させるには、日常の業務への介入は行わない代わりに、一定額以上の借入れや資産の処分といった重要事項は事前に協議する、という線引きを規程にしておくことが役立ちます。
紛争後の合意
いったん紛争になった後の合意では、交代の条件だけでなく、未払の報酬、会社と個人の間の貸借、係属中の訴訟や仮処分の処理、秘密情報の扱い、個人保証、そして将来の相続との関係まで整理します。親子だから包括的な口約束で足りると考えるのは危険で、後に「そんな約束はしていない」「あのときは判断能力がなかった」という争いになります。本人の意思を確かめ、必要なら本人の弁護士を別に立てたうえで書面化し、決議や登記や金融機関の手続で裏付けます(第35講)。
共同経営を続けるのか、資本を分けるのかは、どちらか一方の勝敗を決める問題ではありません。親が株式を持ったまま経営から退く、子が株式を買い取って親は完全に退出する、事業を分けてそれぞれが承継する(第33講)といった選択肢を、権限と責任が一致するか、金融機関や取引先の同意が得られるか、実際に履行できるかで比べます。
PRACTICE NOTE
肩書を譲ったが、保証が残る場合
創業者が代表取締役を辞任し、株式を後継者に譲渡した後も、金融機関に対する個人保証が残っていることは珍しくありません。保証は自動的には解除されませんから、まず、借入先ごとに、主債務の残高と条件、保証人、担保、保証の解除や変更の条件を一覧にします。そのうえで、経営者保証に関するガイドラインの特則を根拠に、前経営者の保証の解除を金融機関に申し入れ、後継者への保証の変更、借換え、担保の差替えのいずれで対応するかを協議します。
後継者との間で「今後の借入れはすべて自分が負担する」と合意していても、それは内部の求償の約束にすぎず、金融機関に対する保証債務を免れる効果はありません。保証の解除が承継の必須条件であるなら、株式や役職の移転の前に金融機関の承諾を得る手順にするか、承諾が得られなかった場合の代替案(後継者から前経営者への求償の担保、保険)を条件に組み込んでおきます。
実務チェック
- 株式の帰属と議決権、機関の構成と代表権、実印・銀行・情報の管理を、法律上の権限と事実上の管理に分けて記録する。
- 定款の拒否権付種類株式、役員選任権付種類株式、属人的定めの有無と解除の条件を、登記だけでなく現行定款で確認する。
- 役員の交代は解任・再任拒否・辞任のどれによるかを決め、339条2項の賠償、権利義務取締役、雇用の兼務を確認する。
- 親の生活保障は退職慰労金・役務契約・配当・株式代金という適法な形で設計し、個人保証の解除は金融機関の同意を得る手順として別に進める。
- 贈与の書面と履行、判断能力、相続と遺留分、売渡請求の定めを確認し、移行表に条件・期限・未達時の対応を書く。
よくある質問
社長を子に譲ったので、株式は親が持ったままで問題ありませんか。
その設計自体は可能ですが、法律上の支配権が親に残ることを双方が理解している必要があります。親はいつでも子を解任できる立場にあり、子は親の意向に反する経営判断をしにくくなります。株式を持つ親と経営する子の間で、報酬と配当の方針、重要事項の協議の手順、意見が割れたときの決め方、そして親の相続が起きたときの株式の行き先を、あらかじめ合意しておきます。
親を会長として残せば、対立を防げますか。
肩書だけでは防げません。会長が取締役なのか、代表権を持つのか、どの事項について決裁や協議に加わるのか、日常業務にどこまで関与するのか、任期と報酬はどうするのか、取引先や銀行との関係をいつまでに引き継ぐのかを具体的に決め、規程と契約にしておくことが、対立の予防になります。
親が認知症になった場合、承継の手続はどうなりますか。
意思能力を欠く状態での贈与や議決権の行使は無効となり、成年後見が開始すれば後見人が財産を管理しますが、後見人は本人の財産を守る立場であり、後継者に株式を贈与するといった処分には慎重にならざるを得ません。親が元気なうちに、贈与や遺言、任意後見契約、株式の信託や議決権行使の取決めを整えておくことが、現実に取り得る対策のほとんどすべてです。
この講の主な根拠・判例原文
- 会社法〔e-Gov法令検索〕106条、108条1項8号・9号、109条、174〜177条、309条4項、331条の2、339条、346条1項、349条、911条3項7号
- 民法〔e-Gov法令検索〕3条の2、465条の6、465条の9、550条、826条、851条4号、860条、896条、1042条、1046条
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律〔e-Gov法令検索〕4条、7条、8条(遺留分に関する民法の特例:除外合意・固定合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可)
- 経営者保証に関するガイドライン・事業承継時に焦点を当てた特則〔中小企業庁〕保証に依存しない融資の三要件、事業承継時の二重徴求の原則禁止と前経営者の保証解除の検討
- 最判昭和57年1月21日判時1037号129頁持病が悪化して療養に専念することになった取締役の解任について、正当な理由がないとはいえないとした判例
条文のリンクは法令本文へ移動します。記載の条番号から各規定をご覧ください。裁判例のうち裁判所ウェブサイトに掲載されているものは、裁判例検索で裁判年月日から原文を確認できます。旧商法下の判例は、判断の前提と現行法との違いに注意してお読みください。
公開日 2026年7月1日/改訂日 2026年8月1日/改訂日 2026年9月21日