『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第26講】
法人は「分割」できない
― 分裂の法技術:脱退+顧問先移管をどう設計するか ―
「法人をちょうど半分に割って、それぞれの法人でやっていこう。顧客も従業員も担当どおりに分ければ公平だ」。共同経営の解消話が持ち上がったとき、相手からこう提案されることがあります。一見、誰も損をしない穏当な案に聞こえます。
ところが、この提案は法的には実行できません。株式会社なら会社分割という制度で会社を二つに割れますが、税理士法人・社労士法人に会社分割の制度はないのです。「半分に割る」という結論に近づくには、別の法技術を組み合わせて「分裂」を設計するほかありません。そして、その設計図を先に描けるかどうかで、残る側と出て行く側の力関係は大きく変わります。本講は、分裂の法技術の全体像と、社員3名・2事務所の法人が割れる場面の工程表を示します。
1 組織再編メニューの欠落 ― あるのは合併だけ
株式会社には、合併、会社分割、株式交換・株式移転、株式交付という組織再編の道具立てが揃っています。事業の一部を切り出して別会社に移す吸収分割・新設分割は、事業の「切り分け」の場面で日常的に使われる制度です。
税理士法人・社労士法人には、税理士法48条の19・社労士法25条の23の合併制度がありますが、会社分割による包括承継の制度はありません。事業譲渡自体が禁止されているわけではなく、財産・契約・雇用等ごとの移転手続が必要な特定承継として設計します。顧問契約の移転には顧客の承諾等を要します。
では、持分を譲渡して「片方のグループが新法人の持分を持つ」形にできるか。持分の譲渡自体は可能ですが、他の社員全員の承諾が必要で(会社法585条1項の準用)、しかも譲受人は税理士・社労士の資格者に限られます。持分を譲っても、法人はひとつのままです。「法人を割る」という目的には、持分譲渡も届きません。
制度を選ぶ際は、社員資格と競業禁止、常駐要件、契約の相手方、雇用、個別の債務・保証を順に確認します。会社分割の制度がない理由について、確認できていない立法者の意図を断定しません。
2 「分裂」の2ルート ― 脱退型と解散型
本講では、分離の基本形として次の2つを比較します。実際には、持分譲渡、事業譲渡、合併等を組み合わせる場合もあり、あらゆる選択肢を二者択一に限定するものではありません。
ルートA(脱退型):一方のグループが法人を脱退し、新法人を設立するか個人事務所を開業する。法人は残る側がそのまま維持し、脱退側に付いていく顧客は、顧客自身の選択で新事務所と契約し直す。
ルートB(解散型):法人を総社員の同意で解散・清算し(第25講)、全員がそれぞれ新規に開業する。顧客は全員が「新しい契約先」を選び直す。
二つのルートで何がどう変わるかを並べます。
表1 分裂2ルートの帰結比較
| 項目 | ルートA(脱退型) | ルートB(解散型) |
|---|---|---|
| 法人格・名称 | 法人が存続。必要な名称変更等は別に確認 | 解散後も清算目的で存続し、清算結了へ進む |
| 顧問契約 | 法人との契約は存続。脱退側に移る顧客だけ契約し直し | 全顧客が契約し直し(空白期間のリスク) |
| 税務代理権限証書・提出代行、電子申請のID類 | 法人の契約が続いても、代表者・担当者・証明書名義・権限の変更を確認 | 新受任者の委任・認証を整え、処理中申請と公文書を引き継ぐ |
| 従業員の雇用 | 法人との雇用が存続。転籍には本人の承諾等が必要 | 解散だけでは当然終了しない。承諾による転籍・退職又は適法な解雇等を整理 |
| 借入・保証・賃貸借 | 法人債務は存続。612条の請求・予告と個別保証は別に処理(第3講) | 清算で弁済・解約。社員の責任・保証・支払不能時の手続を確認 |
| 金銭の精算 | 持分払戻し+承継顧客の対価調整(第12・13講) | 残余財産の分配(出資価額に応じる:第25講) |
脱退型では法人の既存契約を維持しやすい一方、払戻資金と後任の問題が残ります。解散型では全体の引継ぎ・清算が必要です。どちらが多いという統計や手続費用の一律の倍率に依存せず、個別の契約と資金計画から比較します。
3 残る側の決定的有利 ― 「どちらが出るか」が最大の交渉テーマになる理由
残る法人には名称、契約、事務所、雇用関係を継続できる利点があります。ただし、代表者、電子申請、金融機関、保険等の変更手続が不要になるわけではありません。顧客・職員の意思と、払戻し・債務負担も含めて残る価値を見積もります。
だから、分裂の交渉では「どう分けるか」より先に、「どちらが法人に残るか」自体が最大の争点になります。連載の前半から繰り返してきた「脱退される側=残る側」という構図は、裏返せば「残る椅子を取った側」でもあるのです。相手が「自分が法人を出る代わりに、承継顧客の対価は求めない」「自分が残る代わりに、払戻しに上乗せする」といった提案をしてくるとき、その裏では必ずこの連続性の価値が値踏みされています。
残る側がこの有利を守るために意識すべきことは二つです。第一に、法人に残ることの価値を、交渉の中で安売りしないこと。持分払戻しの金額交渉(第12・13講)と承継顧客の対価調整は、「残る側が連続性を維持し、出る側がそれを手放す」ことへの対価の議論でもあります。第二に、有利は磐石ではないと知ること。相手が主要顧客と従業員を握ったまま出て行けば、残ったのは器だけだった、ということも起こります。器の連続性と中身(顧客・人材)の維持は別の問題であり、中身を守る技術は第Ⅳ部で扱ったとおりです。
4 支店ごと独立問題 ― 常駐要件という制約
複数事務所を持つ法人の分裂には、固有の論点が加わります。従たる事務所(支店)を任せてきた社員が、「この支店は自分が育てた。支店ごと持って独立する」と言い出す場面です。
まず制度の確認です。税理士法人・社労士法人は、事務所ごとに社員を常駐させなければなりません(税理士法48条の12、社労士法25条の16)。支店に常駐してきた社員が脱退すれば、法人は別の社員を常駐させないかぎり、その支店を維持できません。2名法人が本店・支店の2拠点を構えている場合、一方の脱退は自動的に支店の存廃問題になります。
その上で、「支店ごと持って行く」という要求を分解すると、三つの別々の問題になります。支店の顧客は、法人と契約している顧客であり、支店長だった社員の顧客ではありません。移転には顧客自身の選択が要り、勧誘の方法には第20講の限界が働きます。支店の従業員は法人の従業員であり、引抜きには第22講の枠組みが働きます。支店の事務所(賃貸借)は法人名義の契約であり、脱退する社員が引き継ぐには貸主の承諾を得た契約者変更が要ります。つまり「支店ごと」という言葉に法的な実体はなく、顧客・従業員・賃貸借を一つずつ移す作業の束でしかありません。
残る側にとっての判断軸は、その支店を自力で維持できるかです。常駐させられる社員がいなければ、支店は遅かれ早かれ畳むことになります。維持できない支店の顧客・従業員・賃貸借を、承継対価と引き換えに脱退側へ秩序立てて渡すのは、消耗戦で失うより合理的な選択であり得ます。逆に維持できるなら、支店の顧客への働きかけは通常の引抜き問題として、第Ⅳ部の技術で対処することになります。感情的には「支店を取られる」話でも、法的には「何をいくらで渡すか」の設計問題に置き換えられるのです。
5 円満分裂の設計図 ― 合意書パッケージと工程
合意書では、①脱退根拠と効力日、②承継対象と顧客の意思確認、③有償承継の対価と払戻しの精算、④通知、⑤承諾・不承諾・未回答時の手順、⑥必要な範囲の不勧誘、⑦データと認証権限、⑧保証・借入、⑨守秘と対外説明、⑩留保する請求と清算の範囲を整理します。回答期限を置いても、顧客の無回答を契約移転への承諾とみなしません(第3・13・21・23・29講)。
この一式は、第29講で扱う脱退合意書の各論と重なりますが、分裂の場面で特に効くのは②③④⑤の四つです。承継顧客リストと共同通知は、「顧客の奪い合い」を「顧客の選択」に変換する装置であり、これがあるかないかで、分裂後に第Ⅳ部型の紛争(引抜き合戦)が再燃するかどうかが決まります。対価の調整は、リストに載った顧客が実際に移転したかどうかで金額を後日精算する建て付けにしておくと、「移ると思って払ったのに移らなかった」という二次紛争を防げます。
工程は、おおむね次の順で組みます。(1)分裂の基本合意(誰が出るか・基準日・対価の枠組み)、(2)承継顧客リストの確定と対価の計算、(3)合意書一式の調印、(4)従業員への説明と転籍の意思確認、(5)共同通知の発送と顧客の選択期間、(6)データ・ID・保証の切替え、(7)脱退の効力発生・登記、(8)選択結果に基づく対価の精算。調印(3)より前に顧客や従業員への個別の働きかけを互いに禁じておくことが、工程全体を壊さないための要です。
6 設例 ― 社員3名・2事務所の法人が割れるとき
社員3名の税理士法人。本店に代表社員Aと社員B、支店に社員Cが常駐し、Cは支店の顧客約60件をほぼ一人で見てきました。方針対立の末、Cが「支店ごと独立したい」と申し出て、A・Bもこれを受け入れる方向になったとします。
Cが脱退するなら、支店の常駐社員を補充するか、適法に廃止・統合するかを決めます。支店の賃貸借、設備、顧客の承諾、職員の転籍同意を別々に整えます。有償で事業をCへ承継する場合は、対象と対価を明示し、払戻債務との相殺額を計算します。年間報酬の一定倍率を当然の控除額とせず、承継が実現しない顧客の調整方法も定めます(第13講)。
この設例で見てほしいのは、「支店ごと独立」という一見単純な話が、脱退・支店廃止・賃貸借・転籍・払戻し・のれん・通知という七つの部品の同時処理であることです。部品を一つでも落とすと――たとえば通知の前にCが顧客を回り始めると――残りの部品が全部、紛争の種に変わります。円満分裂とは、感情の問題である以上に、工程管理の問題なのです。
残る側の視点で押さえておくこと
脱退型と解散型を基本形として、事業譲渡、持分譲渡、合併等の組合せも検討します。残る法人の契約・人員・認証がすべて無変更で続くわけではありません。常駐、顧客の承諾、職員の意思、賃貸借、払戻し・承継対価・税を具体化して比較してください。
【本講で引用した主な法令】税理士法48条の12・48条の19/社会保険労務士法25条の16・25条の23/会社法585条1項(税理士法48条の21・社会保険労務士法25条の25による準用)