『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第5講】
社員でいる限り課される「足かせ」
― 業務執行権・競業禁止・忠実義務・個人事務所の禁止 ―
共同経営者と対立してから3週間後、主要な顧問先から電話がありました。「先日、御法人から顧問契約の解約通知が届きましたが、どういうことでしょうか」。差出人は法人名。署名は、相手の社員の名前でした。
各社員の業務執行、代表社員の指定、内部の承認手続を分けて確認します。社員である間は競業禁止と忠実義務等を負いますが、利益額の損害推定は競業禁止違反についての規定です。すべての忠実義務違反に同じ推定が働くわけではありません。
第5講は、第Ⅰ部の締めくくりとして、社員の権限と義務を一覧にします。第Ⅱ部以降で使う武器の弾込めであり、同時に「相手も同じ武器を持っている」という現実を直視する回です。
1 全社員が業務を執行し、各自が法人を代表する
税理士法48条の11は、税理士法人の社員は「すべて業務を執行する権利を有し、義務を負う」と定めています。社労士法25条の15第1項も同旨ですが、こちらには「定款で別段の定めがある場合を除き」という留保があり、社労士法人では定款の定めで業務執行権を一部の社員に限定する余地がある点が異なります。株式会社では取締役会が業務執行を決め、代表取締役が対外的に会社を代表しますが、士業法人には社員以外の機関がなく、社員全員が業務執行者です。
代表権は、税理士法人では会社法599条、社労士法人では25条の15の2で定めます。各自代表が原則ですが、定款又は定款に基づく互選で代表社員を定めることができます。代表者を誰にするかと、代表者に内部的な制限を加えることは違います。善意の第三者に対抗できないという規定は後者の制限についてのものであり、代表権のない社員に当然に代表権を与える規定ではありません。
出資9対1でも、業務決定は出資額による多数決にはなりません。業務を決める手続、個々の執行権、代表社員の指定を順に確認します。代表社員以外の社員による契約の効力は、登記による対抗関係、代理権、表見の法理等を個別に検討する問題であり、相手方が善意なら常に法人が拘束されるとはいえません。
解約通知についても、発信者に代表権があるか、必要な業務決定がされたか、取引相手の認識、契約上の解除要件等を確認します。代表権がある社員の内部的な権限制限に違反した行為と、代表権のない社員の行為を混同しないことが初動の要点です。
2 競業の禁止と「利益=損害」の推定
残る側にとっての最強の武器が、競業禁止の規定です。税理士法48条の14は、社員に対して、①自己または第三者のために、その税理士法人の業務の範囲に属する業務を行うこと、②他の税理士法人の社員となること、を禁じています。社労士法25条の18も同じ構造です。
株式会社の取締役の競業避止(会社法356条)と違い、株主総会や取締役会の承認を得れば許される、という例外規定がありません。社員である限り、法人の業務範囲に属する税理士業務・社労士業務を個人で受任することは、端的に条文違反です。「独立準備のために、新法人の名義で顧問契約を1件だけ先に結んでおいた」という行為が、これに当たります。
そして、48条の14第2項と25条の18第2項が、この規定に牙を与えています。社員が競業禁止に違反して自己または第三者のために業務を行ったときは、その業務によって社員または第三者が得た利益の額を、法人に生じた損害の額と推定する。
推定されるのは違反業務によって得た利益の額に対応する損害額です。収入だけでなく、その業務に対応する必要経費の有無・額・配賦を資料で検討します。請求側は、社員の地位、禁止対象の業務、自己又は第三者のために行った事実、利益との対応等を示す必要があり、責任の全要件が自動的に推定されるわけではありません。相手方による損害額の反証もあり得ます。
法定の競業禁止は社員である間の業務に適用されます。受領日だけで区切らず、いつ業務を行い、その業務から誰に利益が生じたかを追います。脱退後の行為には契約違反、不正競争、不法行為等の別の根拠を検討します(第16講・第19講・第20講)。
3 忠実義務・善管注意義務・利益相反
競業禁止の外側に、より広い義務があります。税理士法48条の21第1項は会社法593条を準用しており、社員は善良な管理者の注意をもって職務を行い(善管注意義務)、法令と定款を遵守し、法人のために忠実に職務を行う義務(忠実義務)を負います。社労士法人も同じです(25条の25第1項)。
忠実義務は、競業禁止に直接は当たらない行為を捉えます。典型例は、従業員の引抜きです。社員が、独立後に一緒に働く目的で、法人の従業員に転職を働きかける。税理士業務そのものではないので48条の14には触れませんが、法人の利益を犠牲にして自分の利益を図る行為として、忠実義務違反になり得ます(第22講)。顧客データの持出し、法人の信用を損なう言動、法人の機会を自分に流用する行為も同様です。
利益相反取引も規律されています。会社法595条の準用により、社員が自己または第三者のために法人と取引する場合、または法人が社員の債務を保証する場合などには、他の社員の過半数の承認が必要です。社員が個人で借りている事務所を法人に転貸する、社員の親族の会社と法人が契約する、といった場面がこれに当たります。2人法人では「他の社員の過半数」は残る側の同意と同義ですから、相手が承認なしに行った取引は、後の損害賠償や除名の材料になります。
これらの義務に違反して法人に損害を与えた社員は、法人に対して損害賠償責任を負います(会社法596条の準用)。競業禁止のような推定規定はありませんが、忠実義務違反は、除名の訴え(第8講)や業務執行権消滅の訴え(第9講)の事由としても機能します。
4 個人事務所の禁止と常駐義務
士業法人の社員は、自分の事務所を持てません。税理士法40条4項は、税理士法人の社員が税理士業務を行うための事務所を設けることを禁じ、社労士法18条2項も、社労士法人の社員が社労士業務を業として行うための事務所を設けることを禁じています。
この規定は、内部紛争の伏線としてよく効いています。共同経営を解消したい社員にとって、「社員のまま自分の城を持つ」道は閉ざされているため、独立するには法人を脱退するしかありません。脱退の効力が生じるまでは(任意退社なら6か月前予告・事業年度末。第6講)、個人事務所を開設できず、その間に個人名義で受任すれば競業禁止に触れます。相手の「独立したい」という願望と、この構造の衝突が、在任中の水面下の準備を生み、それが残る側にとっての証拠になっていきます。
常駐義務も関係します。税理士法48条の12と社労士法25条の16は、法人の事務所ごとに、その所在地の税理士会・社労士会の会員である社員を常駐させることを求めています。従たる事務所(支店)を任せている社員が脱退すれば、その事務所は常駐社員を欠き、廃止か移転かを迫られます。「支店ごと独立したい」という要求が出てくる背景です(第26講)。
5 一覧表 ― 社員の権限・義務・責任
第Ⅰ部で扱った内容を、社員の権限・義務・責任として一覧にします。紛争の局面では、この表の右列を意識してください。
| 項目 | 根拠 | 内容 | 紛争での意味 |
|---|---|---|---|
| 業務執行権 | 税48条の11/社25条の15 | 税理士法人の全社員に業務執行権・義務。社労士法人は定款の別段の定めも確認。 | 業務決定の手続と個々の執行権を区別する |
| 代表権 | 会社法599条の準用/社25条の15の2 | 各自代表が原則。代表社員の指定と、その代表者への内部的な権限制限は別。 | 定款・互選・登記と取引相手の認識を確認する |
| 競業禁止 | 税48条の14/社25条の18 | 違反業務による社員又は第三者の利益を損害額と推定する。 | 収入・対応経費・対象業務を確認し、責任要件と損害額を分ける(第19講) |
| 忠実義務・善管注意義務 | 会社法593条の準用 | 法人のために忠実に、善管注意をもって職務を行う。 | 従業員引抜き・データ持出し・信用毀損を捉える。除名事由にも(第8講・第22講) |
| 利益相反 | 会社法595条の準用 | 社員と法人の取引等には他の社員の過半数の承認が必要。 | 無承認の自己取引は損害賠償・除名の材料 |
| 損害賠償責任 | 会社法596条の準用 | 任務を怠った社員は法人に対し損害を賠償する。 | 持分払戻しとの相殺の原資(第16講) |
| 個人事務所の禁止 | 税40条4項/社18条2項 | 社員は自己の税理士業務・社労士業務のための事務所を設けられない。 | 独立には脱退が必須。在任中の準備が競業禁止と衝突 |
| 常駐義務 | 税48条の12/社25条の16 | 事務所ごとに、所在地の会の会員である社員を常駐させる。 | 支店担当社員の脱退は支店の存続問題(第26講) |
| 無限連帯責任 | 会社法580条1項の準用/社25条の15の3 | 加入前の債務にも及ぶ。脱退後は612条の請求・予告の要件等を確認。 | 個人保証・内部負担と区別する(第3講) |
| 脱退の時期 | 会社法606条の準用 | 任意退社は6か月前予告・事業年度末が原則。 | 残る側の「時間の武器」(第6講) |
6 残る側の運用 ― 相手の準備が進むほど、こちらのカードは厚くなる
独立準備のすべてが違法ではありません。新しい勤務先の検討等の準備と、在任中の競業、秘密情報の不正利用、法人の利益を害する行為を分けます。違反を裏付ける具体的な資料があれば、損害賠償、相殺、除名等の検討につながります。
独立準備の兆候には、いくつかの典型があります。新しい法人の設立登記や商号の仮予約。事務所物件の内見や賃貸借の申込み。ウェブサイト用のドメインの取得。特定の顧問先との個別面談が急に増える。担当職員との会食が増える。共有サーバへの深夜のアクセス。いずれも、それ単体では違法ではありません。しかし、在任中に個人名義や新法人名義で受任していれば競業禁止違反であり、顧客に解約と移行を働きかけていればその態様次第で忠実義務違反になります。残る側がすべきことは、兆候に気づいた時点から、日付入りで事実を記録し、メールや文書を保全し、顧客からの問い合わせがあればその内容を残すことです。証拠の集め方は第19講で扱います。
同時に、やり過ぎには注意が要ります。相手の私物や私用アカウントを覗く、無断で行動を監視する、顧客に対して相手を非難する文書を送る。こうした行為は、残る側自身が違法行為の当事者になり、名誉毀損や信用毀損の反訴を招きます。証拠は法人の業務の範囲内で、法人の管理権限が及ぶ資料から集めるのが原則です。
最後に、この表は残る側自身にも当てはまることを確認しておきます。相手との対立が深まると、残る側が「先に別法人を作っておこう」「主要な顧問先だけ自分の個人名義に移しておこう」と考えることがあります。それは相手の側から見れば、まったく同じ競業禁止違反・忠実義務違反です。残る側が法人を守る立場にある以上、自らこの義務に違反すれば、相手に反撃の材料を与え、除名や解散の訴えで守勢に回ることになります。第Ⅰ部で確認した器の性質は、双方に等しく及びます。
残る側の視点で押さえておくこと
社員である間の行為、担当義務、受任先、収入と対応経費を確認します。競業禁止違反には利益額の損害推定がありますが、忠実義務違反一般の損害は別に立証します。代表権の有無と内部承認を調べ、双方が適法な範囲で業務を継続できる体制を整えます。
【本講で引用した主な法令】税理士法40条・48条の11・48条の12・48条の14・48条の21/社会保険労務士法18条・25条の15・25条の15の2・25条の15の3・25条の16・25条の18・25条の25/会社法356条・580条・593条・595条・596条・599条・606条