『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第2講】
あなたの法人は「株式会社」ではない
― 合名会社型法人という特殊な器と準用の迷宮 ―
税理士法人・社労士法人では、株式会社の役員解任・株式譲渡の手続をそのまま用いることはできません。各士業法の固有規定と、会社法から準用する規定を確認します。準用のない条文を、合名会社と似ているという理由だけで適用しないことが出発点です。
第2講は、この連載のすべての講の土台になる回です。株式会社の常識で対応すると残る側が判断を誤る場面を確認したうえで、税理士法48条の21と社労士法25条の25という「窓」から、会社法のどの条文が入ってきて、どの条文が入ってこないのかを一覧にします。準用されていない条文こそが紛争の帰趨を決める、という話でもあります。
1 株式会社の常識で対応した残る側が誤る5つの場面
株式会社についてのイメージから、次のように考えることがあります。ただし、株式会社でも株式の譲渡・役員の退任・保証の解除は別であり、単純に関係を切れるとは限りません。士業法人では、さらに次の制度の違いを確認します。
| 残る側の発想 | 士業法人での実際 | 詳細 |
|---|---|---|
| 「辞めるなら、出資分を買い取って終わりにすればいい」 | 脱退する社員には持分の払戻請求権があり、金額は出資額ではなく脱退時の法人財産の状況に従って計算します(会社法611条2項の準用)。時価評価・のれん・負債控除が争点になります。 | 第12講 |
| 「問題のある相手は、役員から外せばいい」 | 社員を「解任」する制度はありません。社員の地位を奪うには除名の訴え、権限だけを奪うには業務執行権・代表権消滅の訴えを裁判所に起こし、判決を得る必要があります(会社法859条・860条の準用)。 | 第8講・第9講 |
| 「出資が多い自分が多数決で決めればいい」 | 定款変更は別段の定めがなければ総社員の同意。業務執行・決定方法は各士業法と定款・合意を確認する。出資比率だけで決定権は決まらない。代表権は別問題。 | 第4講・第5講 |
| 「法人の借金は法人のもの。個人には関係ない」 | 補充的な無限連帯責任を負う。加入前の債務にも責任が及び、脱退登記から2年経過で一律に消えるわけではない。 | 第3講 |
| 「もめるくらいなら、法人を2つに分割すればいい」 | 税理士法人・社労士法人に会社分割の制度はなく、組織再編は合併だけです(税理士法48条の19、社労士法25条の23)。分かれるには、一方が脱退して新たに始めるか、解散するしかありません。 | 第26講 |
5つに共通するのは、株式会社が「持分の譲渡」と「多数決」で問題を処理するのに対し、士業法人は「脱退と払戻し」と「全員一致」で処理する、という設計の違いです。この違いは、法人を合名会社型に設計したことから必然的に生じます。
2 合名会社型の「人的会社」とは何か
会社法は、会社を株式会社と持分会社に分け、持分会社をさらに合名会社・合資会社・合同会社に分けています。このうち合名会社は、社員全員が会社債務について無限責任を負う類型です。社員同士の個人的な信頼関係を前提にした、いわば「組合に法人格を与えた」ような組織で、講学上は人的会社と呼ばれます。
人的会社には、株式会社と対照的な3つの性格があります。
第一に、資格者である社員が業務執行を担います。ただし、業務の意思決定、個々の執行、対外的な代表は区別しなければなりません。税理士法人の全社員の業務執行権・義務と、社労士法人の定款による別段の定めの余地も同じではありません。代表社員の指定や権限消滅の訴えもあります(第5講・第9講)。
第二に、持分は自由に譲渡できません。持分を譲渡するには他の社員全員の承諾が必要です(会社法585条1項の準用)。しかも士業法人では、譲受人も税理士・社労士でなければ社員になれません。株式会社のように「株を第三者に売って抜ける」道が閉ざされているからこそ、代わりに「脱退して法人から払戻しを受ける」という出口が用意されています。
第三に、法人の信用は社員個人の信用と一体です。社員全員が無限責任を負うことで、法人は資本金の多寡にかかわらず取引上の信用を得ます。その裏返しとして、脱退した社員が持分の払戻しで法人財産を持ち出せば債権者を害するため、脱退後も一定期間は責任が続く仕組みになっています。
税理士法人(平成13年改正・平成14年施行)と社労士法人(平成14年改正・平成15年施行)が設計されたとき、立法者はこの合名会社型を採用しました。資格者本人が業務に責任を負うという士業の性格に、無限責任の人的会社が最もなじむと考えられたからです。その結果、士業法人の内部紛争は、株式会社の紛争ではなく、合名会社の紛争として解かなければならなくなりました。
3 準用の仕組み ― 税理士法48条の21・社労士法25条の25という窓
税理士法も社労士法も、法人の組織に関するすべてを自前で書いてはいません。設立・名称・社員資格・業務範囲・脱退・解散といった骨格だけを固有の条文で定め、それ以外の細部――社員の責任、持分の払戻し、除名、清算など――は「会社法の第○条の規定は、税理士法人について準用する」という形で会社法を借りてきます。この借用の窓口が、税理士法48条の21と社労士法25条の25です。
したがって、士業法人の内部紛争で条文を確認するときは、必ず二段構えになります。まず税理士法・社労士法の固有規定を見て、そこに答えがなければ準用の窓を通して会社法の持分会社規定を見る。そして、準用の窓に載っていない会社法の条文は、たとえ持分会社一般には適用されるものであっても、士業法人には適用されません。
税理士法48条の21は6つの項からなり、それぞれ次の領域の会社法規定を準用しています。
- 第1項:法人の計算、社員の責任・義務・加入・退社・持分の払戻し、除名の訴えなど(本講の準用マップの中心)
- 第2項:解散後の清算に関する規定
- 第3項:裁判所による解散命令に関する規定
- 第4項:設立無効の訴えに関する規定
- 第5項:解散の訴え(会社法833条2項)に関する規定
- 第6項:破産法上の取扱い(法人は破産法の適用上、合名会社とみなされます)
社労士法25条の25も同じ構造ですが、後述するとおり、社員の責任と代表については準用ではなく固有の条文を置いている点が異なります。
4 【保存版】紛争実務で使う準用条文マップ
税理士法48条の21第1項が準用する会社法の条文のうち、内部紛争の実務で実際に使うものを、争点ごとに整理しました。右端の列に、本連載のどの講で扱うかを示しています。
| 争点 | 準用される会社法の条文 | 内容 | 講 |
|---|---|---|---|
| 社員の責任 | 580条1項、581条、582条 | 法人財産で完済できない債務について、社員は連帯して弁済責任を負う。社員は法人が債権者に主張できる抗弁を主張できる。出資の履行。 | 第3講 |
| 加入と加入前の債務 | 605条 | 加入した社員は、加入前に生じた法人の債務についても責任を負う。 | 第3講・第27講 |
| 脱退後の責任 | 612条、613条 | 登記前に生じた債務について従前の責任を負う。登記後2年内に請求又は請求の予告をしなかった債権者に対して責任が消滅する。名称続用にも別の規律。 | 第3講・第11講 |
| 持分の譲渡 | 585条1項・4項、586条 | 持分の全部または一部の譲渡には他の社員全員の承諾が必要(定款で別段の定め可)。譲渡後も譲渡前の債務について責任を負う。 | 第26講・第27講 |
| 社員の義務 | 593条、595条、596条 | 善管注意義務・忠実義務。利益相反取引には他の社員の過半数の承認が必要。任務懈怠による損害賠償責任。(競業禁止は税理士法48条の14が固有に規定) | 第5講・第19講 |
| 代表 | 599条、600条、601条 | 各社員が法人を代表するのが原則で、定款または定款に基づく社員の互選で代表社員を定められる。代表者の行為についての法人の損害賠償責任。法人と社員間の訴えにおける代表。 | 第5講・第9講 |
| 任意退社 | 606条 | 定款で存続期間を定めなかった場合等には、6か月前に予告して事業年度の終了時に退社できる(定款で別段の定め可)。やむを得ない事由があるときはいつでも退社できる。 | 第6講・第7講 |
| 持分の払戻し | 611条(1項ただし書を除く) | 脱退した社員は出資の種類を問わず持分の払戻しを受けられる。払戻額は脱退時の法人財産の状況に従って計算する。金銭での払戻し可。除名の場合の基準時は訴え提起時。 | 第12講〜第16講 |
| 持分の差押え | 609条1項・2項 | 社員の持分を差し押さえた債権者は、6か月前の予告により事業年度の終了時にその社員を退社させることができる。 | 第14講 |
| 損益の分配 | 621条、622条 | 利益の配当。損益分配の割合は定款で定め、定めがなければ各社員の出資の価額に応じて定まる。 | 第15講・補講② |
| 除名・権限の消滅 | 859条〜862条 | 対象社員以外の社員の過半数の決議に基づき、法人が訴えをもって社員の除名、または業務執行権・代表権の消滅を請求できる。 | 第8講・第9講 |
| 解散の訴え | 833条2項(48条の21第5項) | やむを得ない事由があるときは、社員は法人の解散を裁判所に請求できる。 | 第24講 |
| 清算 | 644条以下(48条の21第2項) | 清算の開始、清算人、清算法人の権限、残余財産の分配など。 | 第25講 |
準用される同一条文についての持分会社の裁判例は、有力な参照資料になります。ただし、合同会社の有限責任、合名会社の無限責任、資格者要件、社員数不足による解散、定款の文言などは区別が必要です。監査法人は準用条文を照合し、医療法人は定款解釈や評価論を参照するにとどめ、当然に同じ結論になるとは扱いません。各講で共通点と相違点を示します。
5 準用されていない条文 ― 「ない条文」が結論を決める
準用マップと同じくらい大切なのが、準用の窓に載っていない条文です。持分会社一般には適用される次の4か条が、税理士法人には準用されていません。
| 準用されていない条文 | その帰結 | 講 |
|---|---|---|
| 会社法607条(法定退社) | 死亡や破産などによる退社は、会社法ではなく税理士法48条の17(法定脱退)が独自に定めます。死亡は税理士登録の抹消を通じて脱退事由になります。 | 第6講・第10講 |
| 会社法608条(相続人による持分の承継) | 持分会社では定款で定めれば相続人が社員の地位を承継できますが、士業法人ではこの規定が準用されていないため、社員が死亡しても相続人は社員になれず、承継するのは持分払戻請求権だけです。 | 第10講 |
| 会社法624条(出資の払戻し) | 社員のまま出資の一部を引き出す制度は使えません。法人から資金を引き揚げる方法は、利益の配当か、脱退に伴う払戻しに限られます。 | 第12講 |
| 会社法642条(持分会社の継続) | 一度解散した法人を社員の同意で復活させる制度は使えません。税理士法人が6か月ルールで解散した場合、後から社員を補充しても元には戻りません。 | 第4講・第25講 |
とりわけ608条と642条の不準用は、残る側の戦略を根本から規定します。相方が亡くなった場合、その配偶者や子が税理士であっても社員の地位を引き継がせることはできず、残る側は遺族への払戻しと、(税理士法人なら)6か月以内の後任確保を同時に抱えます。そして6か月を過ぎれば、やり直しは効きません。いずれも、条文が「ある」ことではなく「ない」ことから導かれる結論です。
6 税理士法人と社労士法人の構造差
税理士法人と社労士法人は同じ合名会社型ですが、条文の書きぶりには違いがあります。本連載で両者を併記する際に前提となる差を、まとめておきます。
| 項目 | 税理士法人 | 社労士法人 |
|---|---|---|
| 社員の数 | 設立には2人以上が必要(48条の8第1項「共同して」)。1人になって6か月経過で解散(48条の18第2項) | 1人でも設立・存続可(平成26年改正、平成28年1月1日施行)。解散事由は「社員の欠亡」(25条の22第1項7号) |
| 社員の無限責任 | 会社法580条1項を準用 | 25条の15の3で固有に規定。紛争解決手続代理業務に関する債務は特定社員のみが責任を負う特則あり(同条4項〜6項) |
| 脱退後の責任と2年の期間 | 会社法612条を準用。2年内の請求・請求予告の有無を区別 | 25条の15の3第6項により612条を準用。ただし同条4項の依頼者に対する債務を除く(補講③) |
| 代表 | 会社法599条を準用 | 25条の15の2で固有に規定(1人法人に対応するための書き下ろし) |
| 法定脱退事由 | 6事由(48条の17)。業務停止処分を受けた社員は当然に脱退 | 4事由(25条の21)。業務停止処分を受けても脱退事由にはならない |
| 定款変更・競業禁止・常駐 | 定款に別段の定めがなければ総社員の同意(48条の13)/48条の14/48条の12 | 定款に別段の定めがなければ総社員の同意(25条の14)/25条の18/25条の16 |
| 監督官庁 | 財務大臣(48条の20) | 厚生労働大臣(25条の24) |
実務上もっとも効いてくるのは、最初の行です。2人の税理士法人で1人が抜ければ法人の存続が問題になるのに対し、2人の社労士法人で1人が抜けても残る側は単独で法人を維持できる。この一点で、「共同経営の解消」をめぐる交渉の力関係が変わります。税理士法人の残る側は、相手の脱退が法人の解散に直結しないよう、脱退の時期と後任の確保を最初から交渉の議題に載せなければなりません(第4講)。
7 実務での条文の引き方
相手方への通知書や、後の訴訟の準備書面で条文を引くときは、準用の構造をそのまま表記します。たとえば任意退社の予告期間を指摘するなら、「税理士法48条の21第1項において準用する会社法606条1項」、社労士法人なら「社会保険労務士法25条の25第1項において準用する会社法606条1項」と書きます。会社法の条文番号だけを引くと、相手方の代理人から「持分会社の規定は直接には適用されない」と反論される隙を作りますし、逆に準用の窓を明示しておけば、こちらが構造を理解していることが伝わります。
なお、税理士法48条の21第1項は、準用にあたって一部の条文を読み替えています(たとえば会社法613条の「商号」を「名称」と、除名事由を定める859条2号が引く競業避止規定を「税理士法48条の14第1項」と読み替える等)。読替えの内容まで正確に引用する必要がある場面では、e-Gov法令検索で48条の21の原文を確認してください。本連載では読みやすさを優先し、以下の講では原則として「会社法○条の準用」とだけ表記します。
残る側の視点で押さえておくこと
相手方から届く通知書には、「持分会社の社員はいつでも退社できる」「出資を返還せよ」「法人を分割して清算する」といった、株式会社や合同会社の感覚で書かれた主張が混じっていることがあります。準用マップと「ない条文」の一覧を手元に置いておけば、その主張が士業法人に当てはまるのかを自分で検証できます。相手の主張の根拠条文を確認することが、反論の第一歩です。
【本講で引用した主な法令】税理士法48条の8・48条の12・48条の13・48条の14・48条の17・48条の18・48条の19・48条の20・48条の21/社会保険労務士法25条の14・25条の15の2・25条の15の3・25条の16・25条の18・25条の21・25条の22・25条の23・25条の24・25条の25/会社法580条・581条・582条・585条・586条・593条・595条・596条・599条・600条・601条・605条・606条・607条・608条・609条・611条・612条・613条・621条・622条・624条・642条・644条以下・833条・859条〜862条(条文はいずれもe-Gov法令検索で確認。準用の号レベルの読替えは原文を参照してください)