『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第1講】
なぜ税理士法人・社労士法人の共同経営は行き詰まるのか
― 内部紛争の全体地図 ―
「来期で抜ける。担当している顧問先は、こちらで引き受ける。清算金は出資割合で計算してほしい」。
例えば、共同代表からこのように告げられた場面を考えてください。知りたいのは「いつ辞められるのか」「顧問先との関係をどう守るか」「いくら払うのか」です。条文、事実の確認、資金計算をつないで考える必要があります。
本連載は、この場面に置かれた側――共同経営者に「辞める」と告げられ、法人に残って事業を守ろうとする代表社員――のために書きます。全30講と補講3本で、税理士法人・社労士法人の内部で起きる紛争を類型ごとに解き、残る側が握っている法律上の武器と、逆に残る側を追い詰める時限装置を、条文と裁判例に即して整理していきます。第1講は、その全体地図です。
1 あなたの法人は「株式会社」ではない ― 3分でわかる器の違い
税理士法人も社会保険労務士法人も、名称に「法人」とついていますが、株式会社とはまったく別の器です。税理士法は、税理士法人について会社法の「持分会社」、それも社員全員が無限責任を負う合名会社の規定を大量に準用しています(税理士法48条の21)。社労士法人も同じ構造です(社会保険労務士法25条の25)。
株式会社に慣れた目で見ると、この器には常識が通用しない場面が4つあります。
| 項目 | 株式会社 | 税理士法人・社労士法人 |
|---|---|---|
| 社員(出資者)の責任 | 出資額を限度とする有限責任 | 法人の債務を全社員が連帯して無限に負う(会社法580条1項の準用、社労士法25条の15の3) |
| 意思決定 | 株主総会・取締役等の機関ごとに法定・定款上のルールがある | 定款変更は別段の定めがなければ総社員の同意。業務の決定と代表権は別に確認する |
| 辞め方 | 株式を譲渡すれば関係が切れる | 「脱退」という制度。脱退した社員には法人から持分が払い戻される(会社法611条の準用) |
| 辞めさせ方 | 株主総会で役員を解任できる | 社員を解任する制度はない。「除名」は裁判所に訴えて判決を得る必要がある(会社法859条の準用) |
この4つが、これから見ていく紛争のほぼすべての根っこにあります。相手を辞めさせることも、逆に相手が一方的に辞めることも、株式会社ほど簡単ではない。辞めるときには法人の財産を「時価」で計算して払い戻す。そして残った社員は、法人の借金を自分の全財産で背負い続ける。いわば、入るのは簡単だが、出るのも出すのも難しい器です。
もうひとつ、税理士法人だけに効く特殊なルールがあります。税理士法人は社員が2人以上でなければ設立できず(税理士法48条の8第1項)、社員が1人になった状態が6か月続くと、その時点で法人は自動的に解散します(同法48条の18第2項)。社労士法人は平成28年から社員1人での存続が認められているので、この点は両者で大きく違います。2人で作った税理士法人では、相手の脱退は「勝ち」ではなく、6か月のカウントダウンの始まりでもあるわけです。
2 内部紛争の3類型 ― 相手の一言で、どの戦場に立たされるかが決まる
本連載では、争点を整理するために次の3類型に分けます。実際の紛争が必ずどれか一つに収まるという意味ではなく、複数の問題が重なることを前提とした見取り図です。
| 論点 | 確認する内容 |
|---|---|
| 退出 | 根拠・効力日・社員資格と存続 |
| 業務の継続 | 顧客の意思、職員、権限・情報 |
| 金銭の精算 | 評価・持分・債権・相殺・税・資金 |
図1 士業法人の内部紛争の3類型と本連載の対応
類型① 脱退と清算金 ―「出資は返してもらう。のれん分も含めて」
脱退する社員には、法人から持分の払戻しを受ける権利があります。争いになるのは、その金額です。出資額を返せば済むのか、法人の財産を時価で評価し直すのか、顧問先との関係という「のれん」まで値段に入るのか。逆に、開業時の借入れが残っていて法人が債務超過なら、脱退する側が法人にお金を払う義務を負うこともあります(最高裁令和元年12月24日判決・民集73巻5号457頁。後見開始による法定退社の事案で、この支払義務を認めたものです)。時期の問題も絡みます。相手はいつ辞められるのか、こちらはいつまで引き留められるのか。第Ⅱ部(脱退編)と第Ⅲ部(清算金編)で扱う戦場です。
類型② 顧問先と従業員の引抜き ―「あの顧問先は自分が取ってきた客だ」
顧問契約の当事者が法人であれば、担当社員が開拓したというだけで、その社員に契約を移す権利は生じません。一方、委任・準委任では解除の自由を基本としつつ、解除時期による損害賠償や契約条項も問題になります(民法651条・656条)。社員である間の競業には、違反業務によって社員又は第三者が得た利益を損害額と推定する規定があります。報酬収入の全額を無条件に損害とする規定ではありません(第5講・第16講・第19講)。脱退後も契約、営業秘密、行為態様ごとの検討が必要です。
類型③ デッドロックと解散 ―「話にならないなら、解散するしかない」
2人法人で意見が割れると、定款変更も合併も任意解散も、総社員の同意が取れずに何も決まらなくなります。そこで相手が持ち出すのが「解散の訴え」(会社法833条2項の準用)と、税理士法人なら前述の6か月ルールです。もっとも、解散の訴えが認められるのは「やむを得ない事由」がある場合に限られ、最高裁は、脱退という別の出口がある以上、法人を壊す必要があるのかを厳しく吟味する立場を示しています(最高裁昭和61年3月13日判決・民集40巻2号229頁。旧商法112条1項の合名会社に関する判断です。詳細は第24講)。相手を辞めさせる「除名の訴え」、権限だけを奪う「業務執行権消滅の訴え」、そして法人を割ることが法律上できないという事実まで含めて、第Ⅴ部(最終局面編)で扱います。
紛争の「始まり方」はだいたい決まっている
対立のきっかけとしては、報酬や損益分配、採用・移転・投資・後継者をめぐる方針の違いが考えられます。また、相手の独立準備に初めて気づいたことが、協議の入口になる場合もあります。準備行為だけで違法と決めず、受任、情報利用、顧客への説明など実際の行為を確認します。
どの型で始まっても、行き着く先は同じ3つの戦場です。ただし三つめの型では、残る側が知らないうちに類型②の争点(在任中の働きかけ)が進行しているため、気づいた瞬間からの証拠の保全が結果を左右します(第19講)。
実際の紛争では、この3つが同時に動きます。「辞める」という宣言(類型①)の裏で顧客への根回しが始まり(類型②)、清算金の話がこじれると「解散」という言葉が出てくる(類型③)。地図を頭に入れておくと、相手の言葉を聞いた瞬間に、いま自分がどの戦場に立たされているか、次に何が来るかを読めるようになります。
3 残る側が握っている3つの武器
「辞める」と言われた側は、たいてい受け身の気分になります。相手が決めた時期に、相手が決めた条件で、顧客も持って行かれるのではないか。しかし合名会社型という器を条文どおりに読むと、残る側にはむしろ有利な材料が揃っています。本連載を貫く結論を、先に3つ挙げておきます。
武器① 時間
会社法606条1項の要件を満たす場合、定款に別段の定めがなければ、6か月前に予告して事業年度末に退社するのが原則です。ただし、やむを得ない事由による退社は相手の同意を要せず、法定脱退や定款所定の事由もあります。合意で早める場面では、時期・引継ぎ・払戻しを一緒に協議できますが、法令により既に生じた脱退を交渉で止めることはできません(第6講・第7講)。
武器② 清算計算の主導権
持分の払戻額は、相手の言い値でも出資額でもなく、脱退時点の法人財産を基礎に計算します。そこには、負債の控除、含み損益の調整、持って行かれる顧問先に対応するのれんの調整、相手の義務違反による損害賠償との相殺、そして税引後の手取りといった論点が並びます。計算の組み立てを知っている側が、この交渉を主導できます。第Ⅲ部の6講は、そのための計算書です(第12講〜第17講)。
武器③ 法人そのものを維持していること
税理士法人・社労士法人には会社分割の制度はありません。ただし、合意した事業や財産を譲渡し、一方が脱退する方法等は検討できます。法人に残る契約、名称、事務所、雇用関係を出発点に、顧客の承諾、職員の意思、必要な権限変更を整理します(第26講)。
4 残る側を追い詰める3つの時限装置
ただし、楽観は禁物です。同じ器の中に、残る側の首を絞める仕掛けが3つ埋まっています。
ひとつは、繰り返しになりますが税理士法人の6か月ルールです。相手が脱退して社員が1人になれば、6か月以内に新しい社員を迎えなければ法人は解散し、しかも会社法642条(持分会社の継続)は準用されていないため、一度解散すれば元に戻す手段はありません。所属税理士を社員に昇格させる、弁護士に税理士登録をしてもらって加入を受ける、他の税理士法人と合併するといった急場の策と、それぞれにかかる日数を第4講で扱います。
ふたつめは、相手も代表権を持っていることです。社員は全員が業務を執行し、法人を代表するのが原則ですから(税理士法48条の11、社労士法25条の15)、対立が表面化した後も、相手は法人名義で契約を解約し、預金を動かし、従業員に指示を出せます。こちらが相手の権限を「剥奪」したと宣言しても、それだけでは対外的に効きません(第5講・第9講)。
みっつめは、顧客は法人のものだが、顧客の意思は自由であることです。相手が綺麗な辞め方をする限り、移る顧客を法律で引き留めることはできません。残る側にできるのは、違法な奪われ方だけを潰し、それ以外の顧客は営業で守ることです。この現実的な目標設定を第18講で確認します。
残る側の視点で押さえておくこと
初動では脱退の効力、代表権、顧客・職員への対応と資金繰りを並行して確認します。早い基準日が常に残る側に有利とは限りません。顧客流出前の高い価値で払戻額が確定する負担と、早期に業務を分離する利益を比較します(第7講・第16講)。
告げられた最初の1週間で、やること・やらないこと
全体地図の段階で、初動の要点だけ先に書いておきます。詳しくは第29講で扱いますが、最初の1週間の過ごし方で、後の交渉の幅が決まるからです。
| やること | やらないこと |
|---|---|
| 相手の申出を書面(メールでも可)で残してもらう。定款・登記事項証明書・直近の決算書・借入れと保証の一覧を手元に揃える。顧問先と従業員の一覧を日付入りで保存する。共有サーバやクラウドのアクセス権限を確認する。相手とのやり取りは記録に残す。 | その場で脱退の時期や条件に口頭で同意する。相手の代表権を一方的に「剥奪した」と対外的に宣言する。顧問先や従業員に相手を非難する連絡をする(名誉毀損・信用毀損の反訴を招く)。感情的な返信を送る。 |
とくに「口頭で同意しない」こと。総社員の同意は、残る側が持つ最大の交渉カードです(武器①)。「わかった、来期末でいいよ」という一言が、後になって「脱退の時期について総社員の同意があった」と主張される根拠になりかねません。
5 法人数・年齢構成と、紛争の発生件数を分ける
法人制度の利用状況や資格者の年齢構成は、承継を考える背景資料です。しかし、それだけから内部紛争の発生件数や相談件数の増加を実証することはできません。本連載は、将来の紛争増加を統計上の事実として前提にしません。
法人数を確認する際は、主たる事務所の数と従たる事務所を含む拠点数、集計時点を区別します。法人の数が増えることと、各法人で紛争が生じる確率が上がることも別です。
年齢構成からは、死亡脱退や後継者の選定に備える必要性を考えられます。ただし、死亡の発生や承継が直ちに紛争を意味するわけではありません。社員の相続承継が認められない制度と、払戻資金・資格者の確保という具体的な課題を確認します(第10講)。
社労士法人では、法人全体と複数社員による法人を区別する必要があります。さらに、特定社員、労働保険事務組合、電子申請の権限に固有の引継ぎがあります。労働保険事務組合は認可を受けた事業主の団体であり、社労士法人と同じ団体であるとは限りません。電子証明書・GビズIDも、個人と法人で仕組みが違います(補講③)。
本連載では、1人の離脱が意思決定や業務継続に大きく影響する2名法人を中心に設例を置きます。これは説明対象の選択であり、全法人の社員数の分布や、相談の大半が2名法人だという集計を示すものではありません。
6 本連載の歩き方 ― 渦中にいる方が最初に読むべき5講
本連載は6部30講と補講3本で構成しています。紛争の時間の流れに沿って、器の理解(第Ⅰ部)、脱退(第Ⅱ部)、清算金(第Ⅲ部)、顧客・従業員(第Ⅳ部)、解散・分裂・承継(第Ⅴ部)、予防と実戦(第Ⅵ部)と進みます。
| 部 | テーマ | 講 |
|---|---|---|
| 第Ⅰ部 構造編 | 「逃げられない器」を知る | 第1講 全体地図/第2講 合名会社型法人と準用/第3講 無限連帯責任/第4講 2人法人と6か月ルール/第5講 社員の義務 |
| 第Ⅱ部 脱退編 | 辞める技術・辞めさせる技術 | 第6講 脱退の5ルート/第7講 即時脱退/第8講 除名/第9講 権限の剥奪/第10講 社員の死亡/第11講 脱退の手続実務 |
| 第Ⅲ部 清算金編 | 持分払戻しをめぐる攻防 | 第12講 払戻しの基本構造/第13講 のれんの値段/第14講 債務超過での脱退/第15講 定款と払戻し/第16講 相殺と基準時/第17講 払戻しの税務 |
| 第Ⅳ部 顧客・従業員編 | 顧問先は誰のものか | 第18講 顧客帰属の総論/第19講 在任中の引抜き/第20講 脱退後の引抜き(判例マップ)/第21講 職員の独立との違い/第22講 従業員の引抜き/第23講 データの持出し |
| 第Ⅴ部 最終局面編 | 解散・分裂・承継 | 第24講 解散の訴え/第25講 解散・清算の実務/第26講 法人は分割できない/第27講 M&A・承継と紛争 |
| 第Ⅵ部 予防・実戦編 | もめる前・もめた後 | 第28講 定款・社員間契約の予防設計/第29講 残る側の実戦ロードマップ/第30講 総括 |
| 補講 | 横断・特論 | 補講① 8士業法人の横断比較/補講② 出資なし社員と労務出資/補講③ 社労士法人固有の論点 |
順番に読んでいただくのが本来ですが、いままさに渦中にいる方には、次の5講を先に読むことをお勧めします。
- 第6講「辞める」と言われた日 ― 相手がいつ辞められるのか、時間の武器の使い方
- 第12講「清算金を払え」と言われたら ― 払戻額の計算構造
- 第19講 在任中の引抜きは違法 ― いま証拠に残すべきこと
- 第29講 もめてしまったら ― 初動から脱退合意書までのロードマップ
- 第30講 総括 ― 出口シナリオの比較と交渉カードの一覧
税理士法人については、社員が1人になる可能性があるなら第4講を、社労士法人については補講③を、これに加えてください。
おわりに ― 最も打ち手が多いのは、相手が動き出す前
士業法人の内部紛争は、会社法(持分会社)、税理士法・社労士法、民法、税法、そして企業価値評価が交錯する領域です。弁護士に相談すべき問題だと気づくのが遅れやすいのは、当事者が税務や労務の専門家であるがゆえに「自分たちで話をつけられる」と考えるからでもあります。
しかし、この連載で繰り返し確認するとおり、残る側の武器は相手が動き出す前にこそ効き、時限装置は放置した時間に比例して重くなります。共同経営者との関係に予兆を感じた段階、あるいは「辞める」と告げられた直後が、最も選択肢の多い時期です。当事務所は、非上場会社の株主間紛争・経営権紛争を中核業務のひとつとしており、士業法人の内部紛争についても、脱退の時期の交渉から持分払戻額の算定、顧客・従業員の引抜きへの対応、脱退合意書の作成まで一貫して対応しています。お心当たりのある代表社員の方は、早い段階でご相談ください。
【本講で引用した主な法令・裁判例・統計】税理士法48条の8・48条の11・48条の13・48条の14・48条の18・48条の21/社会保険労務士法25条の15・25条の15の3・25条の18・25条の25/会社法580条・606条・611条・642条・833条・859条/民法651条/最高裁昭和61年3月13日判決(民集40巻2号229頁)/最高裁令和元年12月24日判決(民集73巻5号457頁)/日本税理士会連合会「税理士登録者・税理士法人届出数」(令和8年7月末日現在)、同「第7回税理士実態調査」/全国社会保険労務士会連合会『社労士白書』2022年版